前途洋々シリーズ

緊張感

「近頃、緊張感がなくなってきてな」
 蒼紫は無表情のまま言った。それを受けて高倉は操とのことを言っているのだろうとピンときたが、その台詞を倦怠期やマンネリの意味と解釈して、どう返せばよいのか困った。
 二人が晴れて本物の恋人になってから、蒼紫は見ているこちらがあんぐりするほど操を甘やかした。それはそれは大層な可愛がりようで、これまでの操の一途さを思えば、報われてよかったと、最初は誰しもが思ったのだが。しかし、それが過ぎることにだんだんと不安を感じ始めていた。べたべたとするカップルほど早く熱が冷めるものである。操が自分の元を離れていくという状況に陥り、はっと目が覚めて情熱的になっているが、やがてそれがおさまってきたときどうなるのだろうか。――そんな懸念を浮かべるほど蒼紫は操をかまっていたのだ。
 それ故に、蒼紫の言葉に、高倉は眩暈を覚えた。正式に付き合いだしてまだ三ヶ月であるというのに、恐れていたことが現実になったのである。
――これでは操さんが可哀想だ。
 説教の一つでもしてやらねば、ぐらいの心持ちだった、が。
「初めは一緒に寝ていても、遠慮がちで、夜に目覚めると端の方に寄っていってたんだが、昨日は手洗いに立って戻ってくると、きちんと腕の中に戻ってきた。寝心地のいい場所を探すようにすり寄ってきて、あまりにも愛らしいので、まいった。無防備というのは凶悪なものだと初めて知った」
「…………そうですか、それはよかったですね」
――って惚気ですか。
 てっきりよからぬ方向のことかと心配していたら、思いもよらずの惚気である。
「そういうのは、もう少し嬉しそうに言った方がいいのではないですかね――わかりやすいように」
 悲しい結末にならずに済んでよかったが、紛らわしい態度に再び眩暈を覚え、ため息交じりにそう告げた。