2012年読切
花より団子、団子より華。(月の夜の翌日の話)
夕餉を終えて風呂にも入り後は眠るだけとなったが少しばかり早い。いつもならば操とあれこれ話をするが姿を見せないので、久々にじっくりと書物でも読むかと机に向かう。するとしばらくし、
「蒼紫さま、ちょっといい?」
操の声が聞こえ障子が開く。部屋には完全に入ってこず顔だけを覗かせている。その手には団子と茶を乗せたお盆があった。
東京から緋村夫妻が訪れている。その間は夜に来ることはない。毎年のことであったのに。何事かと――不思議には思わなかった。昨夜、緋村剣心と夜の更けゆく頃に縁側で話をしているのを耳にしている。盗み聞く気はなかったが、操の声には自然と反応してしまう。それも静まりかえった時間とあれば意識は集中する。
「お月見しようよ」
予想通りの言葉だ。
「薫さんと、緋村も一緒にね」
早くとせかす。心は半分縁側へ向かっているのだろう。しかし、
「操。」
「え? 何?」
「こちらへ」蒼紫は傍にくるよう促した。
「どうしたの?」不思議そうな顔をしながらも操は従った。蒼紫の近くまで歩み寄ってきて腰を下ろす。
「ここにいろ」
「えーどうして? みんなでお月見したいよ」
「今宵は諦めろ」
「なんでー?」
団子まで買いに行ったのだ。さぞや楽しみにしていたのだろうと理解する。だが、今は行かすわけにいかない。夫婦二人で語らいたいだろうとの配慮だった。
「邪魔立ては無用だ。今夜は遠慮しておけ」
遠回しに言うよりも直接言う方が納得すると伝えれば、操はむっとした顔をしたままであったが、昨夜の緋村を知っているだけに頷いた。
操は足を崩しお盆に乗せた三色団子を一つ手に取る。
「薫さんと食べようと思ったのに……明日だと固くなっちゃうよ」言いながらパクリと一つほおばる。残念げな表情が団子のおいしさに少し緩む。単純というか素直というか、それが操のよいところである。ぱくぱくと残りの二色も続けて食べると、新しい串を手に取る。夕餉を食べた後で、それは少し食べ過ぎではないかと思われたが、
「一人じゃ食べきれないから、手伝ってよね」
串を蒼紫の口元に持ってくる。
「はい、あーん」
まるで幼子にするよう振る舞いだが何の違和感もなくやってのける。されば蒼紫の方が躊躇うかと思ったが、操の行動に驚くこともせず素直に口をあけて団子を食べた。
晴れて恋仲となり、婚約してから、二人の関係は微妙に変化した。それまで操にとって蒼紫は敬愛する相手で、絶対的な存在だった。まして十も年が離れているとあれば、口答えもできぬ力関係が形成されていた。ところが、恋人となってからは徐々にその関係は崩れたてきた。
「おいしいでしょ?」
「ああ」
「ふふ、花より団子だね」
嬉しげに言いながら蒼紫の食べかけの串にパクつく。
「俺は華の方がよい」
お盆に乗った湯飲みに手を伸ばし飲みながら蒼紫が答えた。
「そんなこと言って、蒼紫さまがお月見は諦めろって言ったんでしょ?」
少しばかり機嫌が戻っていたのに蒼紫の一言にむっとなる。拗ねたような表情で残りの一つも食べる。
蒼紫は湯飲みを盆に戻すと、操を見つめた。
「華が月とは限らん」
「え?」どういう意味と告げるよりも視界が揺れる。蒼紫の顔が見えるのは変わらないが、後ろの景色が襖障子から木目となり、背中に固い感触がした。手を引かれ押し倒されたと理解すると同時に、
「操。」名を呼ばれる。それから、ゆっくりとした動作で頬を撫でられる。蒼紫の顔は薄い笑みがある。甘やかに映るそれにより背中に走る痺れが体を熱くさせる。
蒼紫は操がまだ無抵抗な間に持っていた団子の串を奪った。怪我でもしたら大変だと。
「……えっと、蒼紫さま…………何? どうして笑ってるの?」
尋ねても笑みを浮かべたまま操の頬を撫で続ける。動きは少しずつ怪しさを増す。
「――……部屋へ戻るよ」
嫌な予感をひしひし感じ起きあがろうとするが、覆いかぶさっている大きな身体が邪魔をして動けない。
「あ、あの、蒼紫さま……部屋に、」
「ここにおればよい、と言っただろう」
「それは……私に薫さんのところへ行くなって引き留めるために言ったんでしょう?」
「それも、一つある」
「一つあるって、他の理由なんてないでしょ?」
遅いし、部屋に戻るよ――ともう一度告げるが蒼紫の眼差しは怪しい光を強めて顔をごく近い距離まで寄せてくる。ただ、傍に来ても”何か”をすることはなかった。吐息がかかるのを楽しんでいるように見える。
「薫さんたちが来てるときは”しない”って約束だったじゃない」
「左様な約束した覚えはないな。お前が来なくなるだけだろう」
「蒼紫さま!」操は叫ぶがその声は蒼紫の唇に飲み込まれた。
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