2012年読切

狡い男

「私は、小さな子どもじゃないんですからね」
 ふてくされたように発せられた言葉に、俺は何と返せばいいか少しばかり困る。操を小さな子ども扱いした覚えはない。それが何故そのような発言に繋がるか。否、原因がわからないわけではなかったが。
 膝に抱きあげることを不満に思っている。そういうことだろう。
 しかし、と俺はやはり不思議に思う。
 別に俺は操を子ども扱いして膝の上に乗せるわけではない。小柄であるから膝に抱けば丁度いい具合になるというか、こちらとしては"色々するのに"都合がよいからそうしているのであって、幼き頃のように抱き上げているわけではない。第一、子どもだと思っている相手に口づけたりはしないし、手を出したりもしない。そういう睦言を交わしているわけだから、それだけでも子ども扱いなどしていないとわかりそうなもの。ところが、どういうわけか操は抱き上げると自分を子ども扱いしていると訴えてくるのだ。
 間近に操の顔が。赤く頬を染めて怒っている。目じりにはかすかに涙まで浮かべて。通常であればこの顔をかほどに近くで見ることはない。やはりこの体勢は都合が良いと改めて思いつつ、ふいと唇を奪えばたちまちに
「もう! そうやってすぐ誤魔化す」
 誤魔化すとはまた人聞きが悪い。そもそも誤魔化さねばならぬことなどなかろうと思うが、操の見解は違うらしい。それでも構わず先を続ければ、更に怒りは膨れ上がったらしく、思いもよらず強い力で胸元を押される。といっても、操の細い腕である。たいした力ではなかったがそれでも俺は逆らわず後ろに倒れてみたが。結果、操は俺の上に馬乗りとなる。
「随分と良い格好だな」
 と言えば、操の顔はますます赤らむ。
「からかわないでよ。どうして抵抗しないの!」
「別に、お前になら何をされても構わんからな」
「何をされてもって……私は何もしないよ」
「そうか。それは残念だな」
 ならば代わりに――とその身を引きよせ押し倒し、続きとばかりに口づけたが。いとも簡単な形勢逆転とはならない。ジタバタともがくよう足を動かし抵抗する。だがそれも、着物の裾がはだけて白い腿が露わになり、さすればこちらとしては抵抗というより誘惑のように見える。
「やめてよ!」
「お前が子ども扱いすると拗ねるから、そうではないと証明しているだけだが」
「へ理屈!」
「かもしれんな」
「自覚があるならやめて!」
「断る」
 と再開させてみるが、
「ホントにやめてってば。こんな真昼間に何考えてるの! 信じられない」
「昼でも夜でも大差なかろう。店は休みで、みな外出しているし、遠慮することはない」
「遠慮なんてしてないってば! そういうことじゃないでしょ。もっと健康的に外に遊びに行くとかしようよ」
「ああ、そうだな。終わればお前の好きなところに付き合おう」
「終わればって……絶対いやだ。絶対しない。こんな昼間っから絶対無理」
 それはまたむごい拒絶だと思う。しかしこちらとしてもここまで来て引くこともできない。俺は十分譲歩しているだろう。今日はのんびり家で二人で過ごす腹積もりが、操の希望を聞くといっているのだから。
「操」
 名を呼び、ゆっくりと頬を撫であげるが。
「いや」
「操」
「無理」
「操」
「絶対い――」「愛している」
 操の動きが止まる。それから顔の赤らみが増す。そこには怒りとは別のものが混ざっている。
「操。愛している。お前を抱きたい」
「……こ、こんな時だけそんなこと言うのズルイ!」
「ああ、俺はズルイ男だ。そうでもせねばお前には勝てない」
「嘘。いつも余裕で勝ってるでしょ! いっつも最後は蒼紫さまの思うようになってるじゃん」
「そんなことはない。それはお前が俺を許してくれるからだろう。お前に"本気"で拒絶されれば俺になす術はない。無力なものだ。そうだろう?」
 告げても、操はまだ半分は納得していない様子で憮然と睨んでくる。
 それ故俺はもう一度、祈るようにその頬に触れた。
「俺を拒絶するな。操」
「……やっぱりズルイ」
 操はまだ不満そうではあったが顔を寄せれば、もう抵抗されることはなかった。