永き恋の涯シリーズ

とある休日、甘味屋にて。

 葵屋の定休日。昼を回ってしばらくの頃、お増とお近は二人して近所の甘味屋を訪れていた。
 最初は操も一緒にどうかと誘っていたが――二つ返事で「行く!」と告げた後、出掛けに蒼紫の姿を見つけると条件反射なのか「蒼紫さま〜」と抱きついて行ってしまう。
 葵屋では定休日でも、他所の店では違う。さすれば蒼紫は若旦那として寄り合いなどが入り忙しい。休みを休みらしく過ごすことはあまりない。その日も朝から出掛けていたが、どうやら終わり戻って来たらしい。
 もう今日は用事がないならば二人で過ごしたいだろうと、お増もお近も察し、甘味屋には操を置いて向かうことにする。操はその申し出に、はっと我に返ったようで「一緒に行く。待って」と二人との約束を優先させようとしたが、「いいから、いいから」とそそくさと出てきたのである。
「だってねぇ」
 甘味屋につき、お増はおはぎを、お近は三色団子を注文して一息つくとどちらともなく切り出した。
「せっかく久しぶりに二人で過ごせる時間を邪魔したら"怖い"わよねぇ」
 悪いではなく、怖い。それは当然"操が"ではない。
 否、偉大なる御頭があからさまな苛立ちを示したり、不機嫌になることは考えられないが、それでも"怖いことになるのではないか"と"思って"しまうほど蒼紫の操への執心は強い。それはもう、傍で見ている葵屋の者はよくよく。生真面目な性格故に、己の仕事に手を抜くような真似はせず休日でも業務をこなすが、本音では時間をとって操とゆっくり過ごしたいのであろうとわかる。だからこそ、今日のように早々に自由の身となったなら二人の時間を持たせてやりたいと思うわけだが。
 一方で、どうも操はあまりその辺の蒼紫の気持ちを理解していない。自分が蒼紫を好きであることにいっぱいのため、思われていることに関してまで気が回らないというか。蒼紫を好きすぎるあまり、自分自身の気持ちが収拾出来ずに、蒼紫の思いまで感じる余裕はないというか。それほどまでに人を好きになれるのは凄いと思うし羨ましいと思うが、しかし周囲にはいささか厄介である。
「だってねぇ」
 またしてもどちらともなく切り出す。
「"蒼紫さま、冷たい!"って叫んだときはどうしようかって思っちゃったわ」
「ホントに……」
 つい先程のことである。蒼紫を見つけて抱きついて行った操に、蒼紫は「操。人前だ」と告げたのだ。それはいつものことである。所構わず抱きついてくる操を蒼紫が窘めるのはもはや日常と化している。そして、好きだからこそ傍にすり寄っていく操には、蒼紫の言葉は冷たく聞こえるようなのだが――ただ、操は気付いていないことがある。蒼紫は操の行動を注意することはあっても、一度たりとも嫌だと言ったことはない。ただひたすらに"人前だ"と。つまりは――。
「人前でないならいいってことよねぇ」
「ねぇ」
「ちっとも冷たくなんてないわよねぇ」
「ねぇ」
 二人はしみじみと言い合う。そうなのである。蒼紫は本意でないことはしない。嫌なことなら嫌だと言葉にするだろう。しかし、操の抱きつき攻撃に対して蒼紫が言うのは「人前である」という一言だ。裏を返せば誰も見ていないならよいという――ささやかな蒼紫の愛情表現である。
 しかし、操はそれに全く気付かない。
 それどころか、おそらく今頃、「冷たい」とご機嫌斜めになっているだろう。そんな操を蒼紫はやはりなんだかんだと宥めて甘やかしているはずだ。ふてくされる態度までも可愛くて仕方ないという風に。しかしそれもまた、裏を読むことがほとんどない操には通じず「子ども扱いしないでよ」とかなんとか言っていそうであるが。
 結局操は、蒼紫の意図をことごとく理解せず、甘やかされていることにも無自覚のままでいる。だがそれもそれで蒼紫の目には可愛らしいものとして映っているようだが。わからないままに掌に乗せて可愛がるのがどうも気に入りらしい。いささか歪んだ愛情表現であるが、周囲の者には筒抜けである。そして、当の本人の操だけが「私ばっかり好き!」と怒るのだ。
「お待たせしました〜」
 店員の元気な声がして、注文の品が二人の前に置かれる。
「なんだか食べる気しないわね」
「そうね。もう、ちょっと、甘い物はいいわね」
 せっかく甘味屋に来たというのにすでに二人は満腹状態であった。まぁ、そうは言いながらも、ようやく実った操の長い片思いをめでたいと思うし、辛い時間を過ごした敬愛する御頭が幸せであるのは嬉しいことではあるけれど。とはいえ、
「「私も、誰かいい人見つけよう」」
 と、二人の声が重なった。