月に狼

第五夜

 きっと、これが豹変というものだろう。
 昨夜は狼に付きまとわれて大変だったが、朝は朝で人間に戻っていた四乃森蒼紫が隣に眠っているという最低最悪の目覚めが待ち受けていた。それでも私はどうにか自分を奮い立たせて、父と剣心さんの帰りを待った。本当は前の時みたいに父のスウェットでも貸してあげるべきだったのかもしれないが、とにかくもうあの人と関わりたくなくて、その間私はずっと一階にいた。――後から考えれば、裸でベッドにいられるよりも服を貸した方がよかったのだけれど、むかむかとしてとにかく離れていたい気持ちが勝ったのだから仕方ない。
 待望の二人が戻ってきて、現在、剣心さんが持ってきた服を着て降りてきた四乃森蒼紫と四人で食卓のテーブルに座っている。私と父が隣り合って、父の前に剣心さん、私の前に四乃森蒼紫という構図だ。二人きりではないことは心強い。でも、だけど。
――なんで睨まれてるの!?
 視線が痛いというのはこういうことなのかと言うほど、鋭い眼差しが突き刺さる。私は恐ろしくてそちらを真っ直ぐ見ることはできなかったがチラリと目の端に入れる感じで様子を伺えば、間違いなく私を睨んでいる四乃森蒼紫がいる。
 散々迷惑かけられて、それでも私は(一応)面倒を見た。家になんて入れたくなかったけど、外に出していて通行人に見られて警察に通報されたら厄介だと思って匿ってあげた。感謝されてもいいくらいだ。なのに、どうしてこんな態度をとられなくてはならないのか。と、思うのに実際、ここまであからさまに睨まれるとしり込みしてしまう。我ながら情けない。
「とにかく大きな問題にならなくてよかったなぁ」
 静まり返った空気の中を切り出したのは父だった。年長者であるから何か言わねばと思ったのか。それにしても娘が不可抗力といえ(というかあれを不可抗力と言っていいのか微妙。だって、元に戻ったらああなることを三人ともわかっていたはずなのに!)娘の身を按じてもっと憤ったり心配したりしてもいいんじゃないのと思い、
「おとーさん! 何をのんきな! 嫁入り前の娘が裸の男と一緒にいたなんてとんでもないことなんだからね。わかってんの!?」と私は非難の声を上げた。
 父はくるりと目を回し私を見る。それはおっとりした父が母にグチグチと文句を言われたときに見せる顔だった。いつもだったら、そういうとき、私が間に入り、まぁまぁととりなして、操はすぐにお父さんの味方するんだから、と母が肩をすくめてるというのがお決まりだったが。
「父親にそんな口の利き方はどうかと思うが」
 私の役割を代わりに買って出たのは四乃森蒼紫だった。
 これが剣心さんだったら話は違っていただろうが、四乃森蒼紫にだけは言われたくない。
「って、こんなことになったのは、あなたのせいじゃない!」
 怒鳴りつけてしまう。
「操」それを、今度は父が窘める。
 分が悪い。
 私は思いっきり眉を寄せて、
「どうして私を責めるの! 悪いのは全部この人じゃない」
 高らかに宣言した。――が。
「待て」
 偉そうに呼び止められる。四乃森蒼紫に。
「何故そんなに俺に対して態度が悪い」
「それ、本気で言ってる?」
「どういう意味だ」
「どういうって、あなたにされた数々の嫌がらせを思えば、むしろ私はとても親切にしていると思いますけど?」
「…………嫌がらせなどした覚えがない」
「あんたになくてもこっちはあんの!」
 ガルガル吠えれば、それまで黙って成り行きを見守っていた剣心さんが、
「操ちゃん。落ち着いて」と宥めてくる。
 私は剣心さんを見た(たぶん睨んだ)。
「剣心さんまでこの男の味方する気!?」
「……いや、そんなつもりはないけど、少し落ち着いた方が……」
「落ち着いたっていいことないじゃん。それとも、そしたらこの男がいなくなってくれるの?」
「操!」父の、さっきより鋭い咎めが飛んでくる。でも、私は謝ることもせず、その場にいた全員を敵認定して睨み付ける。
 室内が、何とも居心地の悪い空気に包まれ部屋に引き上げたかったが、以前も似たような状況で逃げたことが思い出され、同じ行動をするわけにはいかないと自分を奮い立たせた。これはプライドの問題だ。今回、私は何一つ悪くないという自信があったし――いや、前の時だって私は悪くなかったけれど敵戦逃亡し、結果、曖昧な、宙ぶらりんの状況になっているのだ。はっきりと、終わらせなければ。
 ぎっと目の奥が痛むぐらいに四乃森蒼紫を真正面から睨み付ける。毛細血管がうごめくのがわかりそうになるくらい、視神経に意識を集中して、切れ長の、その目と対峙する。獣は先に目を逸らした方が負けだというが、そういう意気込みだった。
「そんなに見つめてくるな」
 四乃森蒼紫は喉の奥で咳払いをしながら言った。
「………………――はぁ? 見つめているのではなく、睨んでるんですけど!?」
 そんなことを自分で告げるのはどうかとも思うが、四乃森蒼紫の中では、私がうっとり見惚れていると思っているのか。……どういう神経をしているのか。
 呆気にとられていれば、剣心さんが笑いを堪えながら
「悪い奴ではないんだよ」とそれでもまだ私にフォローめいたことを言った。
「悪い奴でなくとも、迷惑で嫌な奴でだよ。とにかく、もう私の前に現れないでよね」きっぱり、はっきり、これでもかと、私は拒絶の意思を示し「そういうわけだから、もういいよね」と続けた。
 対して、父と剣心さんはチラリと四乃森蒼紫の顔を見た。私も、反論があるならと待ってみたが、何も言わなかったのですべては終わった、と思った。

 ところが――その翌日、学校帰り、四乃森蒼紫に待ち伏せされた。

 駅の目前の信号待ちをしているとき、歩道の傍に車が停まっているのが目に入った。あんなところに路駐なんて邪魔だなぁ、と思った。だが、車体が真っ白だったので四乃森蒼紫のものだとはまったく考えつかず(四乃森蒼紫の車は真っ黒だ)、信号を渡り終えたところで、操、と声がしてすんなり振り返ってしまった。
「うぇ、なんで」
 一歩後ずさってしまう。心理的にそれは逃げたい気持ちを表しているのだろう。
「待っていたんだ」
 私が下がった分、一歩、四乃森蒼紫が前に踏み出して言った。
「なんで?」
「送っていくから」
「なんで?」
「……少し話がしたい」
「なんで?」
 意図してそうしていたわけではないが、なんで、しか繰り返していないことに気づき別の何かを言わなければと焦るが、やはり思い浮かぶのは疑問だった。
 信号機がまた変わり、車が走り出す排気音が聞こえてきた。ブロロロロとバイクのエンジンが一際大きく鳴り、鼓膜が痛い。
「頼むから、話をさせてほしい」
 低い声をより低くして、うねるような、擦り切れるような、そんな言い方だった。
 横柄で、不躾で、感じの悪い人という印象だったし、見直したかもと思えばまたすぐに嫌な感じに戻るので、もう騙されないし、信じないし、そもそも昨日で終わったはずだったのに今更言われても困る――というのが私の感想ではあったので切実な様子にも、なんで? と繰り返しそうになる。それを飲み込んだのは向かいの信号待ちの人の中に、噂好きのクラスメイトの姿を見たからだ。信号が青になり、こちらに近づいてきたら興味津々に聞かれるに決まっている。四乃森蒼紫と共にいることを見られた時点で明日、色々言われるだろうけれど、一緒にいるときに話しかけられるよりましだ。
「わかりました」私は頷き、ここでは邪魔だから、早く移動しましょう、と素早く車へと乗り込んだ。
 走り出し流れに乗る。車内には、ヴァイオリン(ひょっとしたヴィオラとかそういうものかもしれないが)のソロ曲が流れている。クラッシックはリラックス効果があると言うが、まったく聴きなれないものだから、逆に緊張を強めた。
「この車、どうしたんですか? 前のとは違いますよね」
「買い換えた」
 見たところ、前の車もまだ新しい感じがしたのにポンと買い換えるなど、やはりお金持ちだ。それとも綺麗好きでピカピカにしているだけで結構な年数を乗っていたのだろうか。――今年十年になる家の車を思い出す。父は家ではだらしないが、車はそれはそれは大事に乗っている。それでも十年選手の車はあちこち使い込んでますという痛みがある。使えば傷がつくのは形あるものの定めだ。
「……あの車は、もう嫌だろうから」
 終わったと思っていた会話だったが、しばしの沈黙の後で四乃森蒼紫が言った。
「嫌だろうというのは、私がってこと?」
「そうだ」
 躊躇いがちにだが、肯定された。
 四乃森蒼紫が口籠るのは、私へキスしたことを指しているからだろう。言うように、勝手に、不意打ちに、キスされた車になど乗りたくない。……とはいえ、それで買い換えたというの!? ありえない。車一台、幾らするのか。
 どっと体から汗があふれていく。たしかに、ファーストキスをあんな風に奪われて頭に来たし許せないと思ったが、そのせいで車を買い替えましたと言われたら重すぎる。
「……この車に、他の女は乗せたことがないし、乗せるつもりもないし、そもそも誤解されているようだが、あの女性とはけして付き合っているわけではなくてだな」
 だが、続いたのは私が考えていたものとは違った。
「ちょ、ちょっと待って、私にキスしたことを言ってるんじゃないの?」
 びっくりしてシートベルトをぎゅっと両手で掴み、身を乗り出すように全身で四乃森蒼紫を見た。すっと通った鼻筋が目に入る。正面から見て格好よくとも、横からだといまいちという人もいるが、四乃森蒼紫の顔立ちは正面でも横からでも整っていた。
 言ってしまってから、面と向かってキスのことを口にしたのが恥ずかしくてカァーっと体が熱くなり、慌てて姿勢を戻す。
「いや、別にキスしたことは……」
「悪いと思ってないってこと!?」
 私があんなに泣いて怒ったのに、と非難めいた口調になってしまう。
「唐突すぎたとは思っているが、だが、あの時、君が俺に背を向けるのを見たら、どうしようもなかった。帰したくなかった」
 車は信号でひっかかることなく進んでいく。心なしか、どんどんスピードが上がっているように感じられた。静かで滑らかだったソロ曲が、三重奏だか四重奏だかの華やかなものへ移り変わっている。
 シートベルトを握りしめていた指先が、震えていた。
「なんで?」
 そしてまた、私はそう繰り返した。
「……君が好きだから」
 首の付け根のところがビリっとこそばゆくなり、鼓動も強く打った。
「正確には、あの時はまだ、そこまで明瞭にわかっていたわけではない。ただ、ああ、このまま帰ってしまうのかと思ったら、身体が動いていた。そんなことはこれまでなかったので、自分でも混乱した。……こういう言い方をすれば、また気を悪くさせるかもしれないが、自宅に帰ってから冷静に考えて、すべては一族の血のせいであるのだと思った。血が選んだので合って、それには抗えないのだと。でなければ、会ってさほど経過していない、それも随分と年下の君にそういう気持ちを持つわけがないと――そういうことにしたかったのかもしれないな。でも今は、俺自身が望んだからだと思っている」
 つらつらと述べられるそれに、これまでと同一人物とは思えず、返す言葉が思いつかなかった。一体これをどんな顔で言っているのか気になるが、顔を向けることが恐ろしい。正面を見ていても意識が左へ吸い寄せられ、存在を感じてしまうのも苦しくて、顔を窓へ向けた。
 それきり会話がなくなり、家の前に着いた。
 完全に停止したので、私はシートベルトを外した。
「えっと、送ってくださり、ありがとうございます」
 喉がカラカラでうまく話せない。
「いや、」
 四乃森蒼紫からは短い返事があるだけだ。
「じゃあ、」と私は扉を開けた。冷たい空気が入り込んできて、顔がひりひりとした。
 扉を閉めようと振り返れば、四乃森蒼紫も降りて、車体越しにこちらを見ていたので、あれだけ避けていたのに露骨に目が合ってしまった。
 二日前に開花した三軒隣の山田さんの家の庭にある金木犀の強い香りが風に乗ってきて鼻腔をくすぐり、くしゃみが出た。両手で顔を抑えたら、目頭に涙が浮かんだ。
「大丈夫か」
「平気です。ちょっと、香りが……実はあんまり得意な香りではないので」
「……金木犀か。実家の庭にもあるな」
「あ、そうなんですか。花は好きなんですけどね。小さくて可愛いから」
 そこでまた、くしゅん、とくしゃみが出た。
「家に入った方がいい」
 四乃森蒼紫に言われて、うん、と私は頷いた。
 門を通り玄関扉の鍵穴に鞄から取り出した鍵を突っ込み回す。母が亡くなったから、自分で鍵を開けるようになった。それに慣れるのには時間がかかった。
 扉を開ける前、ふと思いついて振り返ったら、四乃森蒼紫は同じ位置に同じ格好で立ったまま私を見ていた。
「あっ、」と悲鳴なのか、驚きなのか、小さな声が漏れた。
 怒っていたし、嫌っていたし、二度と会いたくないと思っていた相手だというのに、駅から家までの僅かの間に、私はそういった不快感よりもまったく別の感情に飲み込まれつつあった。それは、とてもむずがゆく、私に緊張を強いるもので、だから早く解放されたかったのに、じっと私のことを見ている姿に、送ってもらったお礼にお茶でも飲んでいきますか、と言うべきではないのかという気になっていた。尊大な態度を取り続けられたら嫌い続けていられるが、今日の四乃森蒼紫は明らかに昨日までとは違っていて――いや、それまでも一瞬謙虚そうに感じられたこともあったが、すぐに元に戻っていたので私は怒り続けることの正当性を主張していられたのだ。でも、こんな風に丁寧な態度を取られたら、そういうわけにいかない。
「……あの、お茶でも飲んでいきますか。送ってもらったお礼と……あと、話したいことも聞いていないし」
 私が言うと、四乃森蒼紫は意外そうな顔をした後、ふわりと、たしかに、笑った。
 車中で感じたのと同じ、首筋の痺れと、それから鼓動の早まる感覚に、私はくらくらとした。さっきから起きているこれが何であるか。――ドキドキしている。あの、四乃森蒼紫に。そんな馬鹿な、という思いと、身体の反応との間で、私は立ち往生していた。
「せっかくだが、仕事を抜けてきたから、戻らなければ」
「私を送るために抜けてきたの?」
 車も、私に嫌な記憶を思い出させないために変えたのだと言われたことを思い出した。あの時に感じたような重たさは今はなかったが、不思議なことのような思いはある。
「夜に、電話してもいいか」
 許可をとってくるところも、これまでとは違っていた。
 この人は、本当にあの四乃森蒼紫なのだろうか。そうだとしたら、昨日から今日までの間に何があったのか。プライド高そうだし、掌を返すようにさっくりと態度を変えたわけではないだろうと思うのだけれど……。
「いいですけど」
「そうか。ありがとう」
「ちゃんとお礼言うんだ」
 私はあまりに素直な言動に面食らい続けていたのが爆発したように心の声が漏れてしまう。それはいくらなんでも失礼だと、慌てて唇を噛んだが後の祭りで、聞こえてしまっていただろう。かといって、わざとらしく訂正するのも返って怪しいかともごもごと口の中で適切な言葉を探していたら、
「俺は、君に失礼ばかりをしていたからな。そう思われてもしかたない」
 と言って、四乃森蒼紫は苦笑した。その笑みに、傷つけてしまったのかも、と唇を噛む力を強めた。


 部屋に戻りベッドに雪崩れ込む。はじめはうつ伏せに、途中で布団と自分の体重と、そしてそれ以外の正体不明の胸のもやもやに圧迫されそうだったので、くるんと仰向けになる。
 四乃森蒼紫は、一体、どうしてしまったのか。
 万物は流転すると言ったのは、ヘラクレイトスだったが、それは人にも言えることで、生まれてから死ぬまで、何一つ変わらないで生きられる人間などいない。変化は大なり小なり訪れる。それでも、昨日と今日で全く違えたとしか言いようのない四乃森蒼紫の態度をどう受け止めればいいかわからないし、それ以前に、何がそうさせたのか。
 私は、スマホを取り出した。
 アドレス帳の剣心さんの名前を出す。……この件で相談できるのは剣心さんしかいない。八つ当たりめいた態度を取ってしまった謝罪もしなければ、と思っていたので発信ボタンを押した。
 電話はすぐに繋がった。
「今、大丈夫?」
「平気だけど、どうかした?」
「昨日は八つ当たりしてごめんなさい」
「え、ああ、気にしてないよ。あの状況じゃ、気が立ってても当たり前だし。それで電話?」
「あっと……それもあるけど、さっきまで四乃森蒼紫と一緒だったんだよね」
「四乃森と?」剣心さんは素っ頓狂な声を出し「大丈夫? また何か嫌なこと言われたりしなかった?」と続けた。
「ううん。今日は何も。……というか、全く別人みたいになってて、びっくりしちゃって……」
「何か言われたの?」
「……それが、私のこと好きだって。初めは一族の血がそうさせているだけって思ってたけど、彼自身が私を好きだって、言われた」
 改まった感じではなく、説明するみたいに淡々と言われて、告白されたという認識はあまり持てなかったが、自分で口にしてみるとどっと汗が噴き出した。同時に、こんなことを剣心さんに言ってどうする気なのか、恥ずかしい、と思った。
 寝転がっていることが出来ず、起き上り、靴下を脱いだ。指先がすーすーする。
「そう。あいつ、ちゃんとわかったんだなぁ」
 私の混乱を他所に、剣心さんは嬉し気だった。
「実はあれから、こんこんと説教したんだよ」
「説教?」
「淡々と四乃森と操ちゃんとの関係を第三者として客観的に冷静に教えてあげただけだけどね。あいつ、あんな容姿で、それも四乃森グループの跡取りだから、女性関係では事欠かないというか、王様だったんだよね。好意を持たれることがばかりだったから、そういうもんだって思ってしまうのは仕方ないのかもしれないけどさ。けどやっぱり自分は好かれて当然と思っていれば傲慢にもなる。そういうことを懇々と話したら、もともと聡明な男だし、理解したようで、嫌われるのも無理ないと納得したよ。ただ、納得して、諦めるかというとそういうわけにもいかないし……なんといっても彼らの一族は見初めた相手は逃さないからなぁ。かなりマイナスからだが、頑張ってみるとは言ってたんだが……昨日の今日で会いに行くとは思わなかったな。それまでの行動と違うことをするのって難しいし、プライドは人並みには高い方だし、しばらくは時間を置くかと思ったんだが……本当に操ちゃんのこと好きなんだねぇ」
「そんなこと言われても、困るよ」
 私は言い返した。
「困るかぁ」
「そうだよ。だって、偉そうで嫌な奴ってイメージがついてるし、今更親切にされても、本当はいい人だったのね、とか思えないし」
「それはそうだよね」
 剣心さんは同意してくれはしたが、その言い方は軽々しく聞こえた。
「私、どうしたらいいの?」
 だからつい、畳みかけるように弱音を吐いた。
「うーん、そうだなぁ。あいつは、本当にそんな嫌な奴ではないんだよ。きっと、これからわかってくると思うし。それにさ、向こうがただ一方的に好きになるだけでは『運命の相手』とは言わないだろう?」
「どういう意味?」
「少なくとも彼らが選ぶ相手もまた、彼らを好きになるから運命の相手ってこと。つまり、彼が操ちゃんを選んだってことは、操ちゃんだって彼を好きになるはずなんだよ、本来はね。それなのに片や尊大な態度で接して嫌われるように仕向けて、片やまんまとそれで嫌いになって、何してんの? って話なんだ。……でも、四乃森の方はようやく素直になる覚悟を決めたみたいだし、そしたら、操ちゃんの方にも変化がでてくるはずだから、時間を待ってみたらいいよ」
「……なんか剣心さん、怪しい宗教家みたいだよ」
 ぼそりと告げれば、剣心さんは声を立てて笑った。それから、何かあったら電話しておいで、と言って電話が切れた。
 私はスマホを傍に放り投げて、再びゴロンと横になる。
――四乃森蒼紫を好きになる!?
 会話の内容を繰り返して、ありえない、と思ったのに、何故か無性に顔が熱くなった。



2014/9/21