月に狼

第四夜

 たぶん、私が甘かったのだ。
 知った香りが鼻を抜けて体内に広がり、記憶を司るという海馬に到達すると目の前に真っ青な海が現れた。その香りが南国の海で泳いだ後、疲れた身体をハンモックで休めているとき齧りつきたい、さっぱりとした若く青い果実の匂いに似ていたので見合う映像を脳が補完したのだろう。
 どこで薫っただろうか。
 目を開ける。見慣れた天井の少し黄色くなった壁紙がくっきり見えてくる。ここは南国でもなければ、ハンモックの上でもないのだと夢と現実の曖昧だった境界が整うと重力に身体が沈む。なんだか肩がこるな、と大きく伸びをしたところで、あれ? と奇妙な感覚に襲われた。――隣に人がいる――思考よりも運動神経が機敏に働きびりびりと痺れが走る。叫びは、自分のものとは思えなかった。
 その人が反応しむくっと起き上がり視線が合う。
 はらりと掛け布団が落ちた。
 肌色の、つまりは裸体を示す、肉体が見える。引き締まった胸板も、六つに割れた腹筋も、彫刻のように均整がとれている。無駄な脂肪や丸みのないそれは間違いなく男性のものだ。
 なんで、なんで、なんで、なんで、四乃森蒼紫が(しかも裸で)隣に眠っているの!?
「落ち着け、騒ぐな」
 四乃森蒼紫が言う。これが落ち着いていられるか。騒ぐに決まっているし、だいたいこの男の言うことなど素直に聞きたくはなかった。そうであるのに言葉というのは不思議なもので冷静さを求める台詞に私の心は少しだけ正気を取り戻す。何故、こんなことになったのか。この異常事態に陥るまでのことが思い出される。


 ふたたび満月が巡ってきて、父が出かけていった。
 私は念入りに戸締まりをしてから早々に自室に引き上げベッドに横になる。サイドボードのリモコンを押し光量を下げていく。普段は完全に消して眠るが、一番小さいオレンジの豆電球で止めた。眠りを妨げるほどでもないが真っ暗とは違う弱い光がひとりぽっちで家にいる心細さは忘れさせてくれる。
 父は今頃、あの男に会っているのだろうか。
 あの一件以来、接触はない。父や剣心さんから聞かされた話が大層だったので四乃森蒼紫が何らかの行動をしてくると警戒していたのに一切なく拍子抜けし、身構えていたことが自意識過剰のようで返って恥ずかしかったくらいだ。その思いを増幅させたのが雑誌の記事である。熱愛スクープがまたしても週刊誌に掲載されていた。前のときのようなキスシーンではなかったがホテルから寄り添い出てくるところだった。私はそれを前のときと同じように美容院で目にした。
 なんだ、美人女優とよろしくやってるんじゃないか。
 人狼は伴侶を見つけたら生涯一途に愛し続ける。父はそう言っていたが、四乃森蒼紫はこうして他の女性と熱愛している。父の話と、四乃森蒼紫の行動に矛盾がある。父が嘘をつく理由はないので、ならば四乃森蒼紫の行動が指し示すものの先に真実がある。それは、私が伴侶ではなかったということだ。なるほど、それなら何の矛盾もなくなる。四乃森蒼紫当人も、私なんかを伴侶と認識するなど信じられないと言っていたし、やはり間違いだったのだろう。
 一通り筋道を立てて考え導き出した結論に、胸の中に空洞ができてしまったような、呼吸するとひゅうひゅうと風が抜けていく音が聞こえて、ぽっかり感を強調させた。この状態を言葉にするなら、虚無というのが近いのだろう。
 なぜ、こんな気持ちになるのだろう。私は純粋に不思議だった。べつに、というか、とてもよいことではないか。厄介ごとがなくなったのだから喜んでいいはずなのに。
 ごろんと寝返りを打てば慣れ親しんでいるはずのベッドだというのに目測を誤り壁に右肘を打ち付けゴンっと鈍い音が響いた。それが合図のようにもやもやが一塊に濃縮したあと大爆発を起こし体中に飛散した。ごろんともう一度寝返りを打てば、私の叫びの代わりに電話の音が鳴り響いた。
 遅い時間に、それも家電にかかってくる電話というのが吉報である率と悲報である率ならば圧倒的に後者だ。背中に冷たさが走り、出たくないと拒絶の意思を抱いたが、一向に鳴りやむ気配はなく、それどころかコール音がどんどん大きくなっているような錯覚を覚え、喉の奥がひくついた。執拗さに不安を増しながら階下へ降りて受話器をあげる。
「あ、ごめん。もう眠っていた?」
「剣心さん?」
「え? ああ、そうです。携帯にかけたけど繋がらなかったから」
 いつもと様子が違う。冷静で細やかな気遣いを見せてくれる人が名乗ることも忘れている。廊下の木目の冷たさが足の裏から伝ってくる。
「そっちに四乃森が行ってない?」
「四乃森って?」
 四乃森蒼紫を指すのだろうが、四乃森までしか言われていないので、ひょっとすると続く名前は違うのかもしれない。
「あいつ、屋敷を抜けだしたんだよ。狼のときは日頃より本能的になるから嫌な予感があって注意してたんだけど、ちょっと油断した隙に消えた。操ちゃんのところへ行く可能性が大きいから姿を見せたら家に入れてやってほしい。街の中を狼がうろついているのが見つかったら大変なことになるから。僕も今からそっちに向かう」
 言いたいことだけ一方的に告げ電話が切れる。
 恐れていたような悲報ではなかったが、かといって吉報でもなく、中途半端な情報だけを与えられ、私はどうしていいかわからずしばしツーツーツーと音を出す受話器を握りしめて立ちすくむ。
 混乱のためか体温が急に上がったように熱くなり、やがてじっとしていることに耐えかねて台所へ向かう。電気を点けて冷蔵庫からお茶を取り出しコップへ注ぐ。半分ぐらい満ちたところで止めた。そのコップには口をつけずテーブルに置いて、次にリビングへ向かう。テレビをつける。ニュース番組が流れている。日頃、お笑い番組の司会を務めているアナウンサーが真面目な顔でニュースを読むギャップに、この人はどちらの顔が本物なのか考えてしまう。どちらの、いや、どちらも本物なのだろうけれど。
 ちゃんと話を聞かなくては。
 シャボン玉が弾け飛ぶみたいに、混乱が弾け、自分が何か判断をできるほど状況を飲み込めていないことに焦りを感じた。
 二階へ駆け上がりスマホを探す。机の上に投げ出されたそれは、ボタンを押しても画面が明るくならない。こんな重要なときに壊れたのか。スマホが使えなければ父の番号も、剣心さんの番号もわからない。ああ、どこかにメモしておけばよかったと後悔しながら、ボタンを長押ししているとようやく反応を見せたが、「充電してください」と黒い画面に白い文字で警告文が表示され電源が落ちた。
 コンセントに繋ぎっぱなしの充電器に突っ込む。右端のところにある赤いボタンが点いたのを確認し起動ボタンを押すが一度目も二度目も失敗した。三度目でようやく電源が入る程度に電池が復活した。
 画面には電話の着信が三件(父が二度、剣心さんが一度)とメールの受信(留守電が入っているというメッセージ)があった。
 父の番号へかける。 
 コール音六回で繋がった。
「もしもし? お父さん? 一体何がどうなってるの?」
「操か。どうだ。蒼紫くんにはそっちに行ったか」  
「どうして四乃森蒼紫が私のところへくるの?」
 剣心さんは行くかもしれないという曖昧さを含んでいたが父の物言いは確定的で、私はそこにまず戸惑った。
「反動だろうと思うが」
「反動って何に対する?」
 手持無沙汰で室内をうろうろ歩き、窓のカーテンを半分開ければ無音だが赤いサイレンを点滅させているパトカーが見えた。狼が出たと誰かが通報したのかもしれない。
「やっぱり私も探しに行ったほうがいいよね。なんだか落ち着かなくなってきた」
「いや、お前は家にいなさい。彼は匂いをかぎ分けるだろうし、下手に動き回らいいたほうがいい。もうすぐ剣心くんも着くだろう。すまないが、こちらも立て込んでいるから」
 聞きたいことを何一つ聞けておらず、まともな会話さえ出来ていないことに気づいたのは電話が切れた後だった。
 溜息をつけば、妙に気持ちが鷹揚になり、そもそもこの件で私が困ることは何もないことに気づく。どうしてこんなに焦ったり落ち着かなくなっているのか可笑しくなった。
 リビングの電気とテレビを点けっぱなしでいたことを思い出して戻る。途中で、キッチンに置いたままのコップを手にして一口飲む。生温くなったお茶が食道をうねるように落ちていく。テレビはニュースが終わり芸人の雑学クイズのような番組に変わっていた。
 さっき通り過ぎたパトカーはもういなくなっただろうか。気になって庭に続くガラス戸に近寄りカーテンを開ける。と、同時にドンっと鈍い音がして、うわっと自然と悲鳴をあげて後ろへのけぞった。
 今のって……
 おそるおそるもう一度、カーテンを開ける。ドンとまた鈍い音がする。ガラス戸に突進しへばりついているそれは、真っ黒でごわついた毛並と、黄金色の瞳の狼である。
「ほんとにきた」
 嘘だとか、来るはずがない、と思っていたわけではなかったが、実際に姿を見るとぽかんと驚き、とかくこの狼を匿わなければならないという使命が芽生え、人に見られないうちに、というかガラス戸を破壊されないうちに、家の中へ入れてしまわなければならないと身体が動く。五センチほど開ければ狼の方が身をよじるようにして身体をすべり込ませてきた。その勢いで飛びつかれ、私は尻餅をついたが、尚、勢いは止まらず上に覆いかぶさってきて、頬に鼻先をすりつけられる。
「ちょっと! 重いし、どいてよ。やめてって!」
 抗議の声をあげる。狼の状態で言葉が通じるか自信はなかったが意外にもすんなりと大人しくなり、私は起き上がる。狼は一応離れはしたが傍で舌を出してはふはふと鼻息荒く、長い尻尾を左右に振っている。狼の感情表現が犬と同じであるなら、興奮し喜んでいるということだろう。
 父の職業柄もあり、動物は好きだ。大型犬を飼うことが夢でもあった。見た目はいかついのに主人に忠実でスマートでクレバーなドーベルマンとか格好いい。幼い頃に抱いた思いがふいに蘇り、きゅんと心臓が高鳴る。
 ……いやいや、これは犬ではなく狼であり、そして四乃森蒼紫なのだ。
 ほだされそうだった気持ちを正し冷たい眼差しで睨みつける。
「ああ〜、泥だらけじゃない」
 昨夜は雨が降っていたので庭の土はいつもよりずっと水気を含み、そこを歩いた狼の足は当然泥がついていて、その身体で飛びついてこられ私のパジャマも泥がついている。見ると、狼の足跡が床にも散らばっている。
「もう!」と憤慨すれば狼は心なしかしょげたように見えた。
 意識ひとつで愛らしく思ったり、否定する面が強くなったり、自分の気まぐれさに後ろめたくなり、声のトーンが落ちて、
「……拭くものとってくるから、じっとしてて」
 どこまで理解できるのか疑わしいが、さっきも通じたし、何より早く掃除してしまいたかったので台所へ向かった。ところが振り返ると尻尾を振りながらついてきている。床に足跡をばっちりとつけて。
「こら! じっとしてなさいって言ったでしょ!」
 叱りつけると、くぅと小さく唸り伏せをした。
「ほら、足を出しなさい」
 これ以上に被害がでないよう雑巾を湿らせ、狼の前に膝をついて右の前足をとって拭う。終わると今度は左足、それから後ろ足と順番に汚れを落とす。その間、狼は大人しく言うことを聞いていた。
 すべて終わると泥だらけになった雑巾を洗い、次に床を拭っていく。
 私の行動に、狼は傍にすり寄ってきて、くぅくぅと鳴いた。
「悪いと思ってるの?」
 チラリと横目で見れば、すりすりと頭を撫でつけてくる。その姿は完全にご主人様のご機嫌をとろうとする犬に見え、怒りが持続できなくなる。
 片づけを終えて、一息つき、父に連絡を入れた。そうかよかった、と安堵して、あとのことは剣心さんに委ねるようにと言って電話が切れた。その間、狼は相変わらず私の傍に寄り添っていて、というか纏わりついていて、これが四乃森蒼紫であるとの実感はますます遠のいていった。
 どっぷりと疲れが押し寄せてきてソファにしなだれかかれば、狼が同じようにソファに乗り膝枕されようと頭を置いてくるので追い払う。その攻防戦を繰り広げているとチャイムが鳴った。
 ようやく助けがきたとすっ飛んで行き玄関を開け、そこに立っている剣心さんへ泣きつこうとした。――が、狼が私と剣心さんの間に割入ってきて、うぅと低いうねり声をあげて剣心さんを威嚇しはじめる。
「態度悪いな」
 剣心さんは苦笑いを浮かべている。
「とりあえず上がってよ。お茶入れるし」
「ああ、ありがとう」
 靴を脱ごうとすれば、またしてもうぅと今度はもっと大きなうねり声をあげ、次の瞬間には剣心さんへ向かって飛びかかっていた。幸い、よろめいただけ倒れこむことはなかった。華奢に見えるが、私と違い力があるのだろう。
「こら! 何してるの」
 慌てて叱りつければ、狼はさっと身を翻して私の傍に戻り、尻尾を振ってすりすりと鼻先を寄せて私の身体をぐいぐい後ろへ押していく。
「え、ちょっと、何よ」
 くぅくぅと甘えた声を出すが、動きは止まらない。ぐんぐん押され足元を取られて本日二度目の尻餅をつく。
「いったーい」
 どうして私がこんな目に、と大げさに痛がれば、べろりと頬にざらざらとした生暖かい感触と、はふはふという鼻息が聞こえる。
「な、な、な、な、な」
 怒りか、驚きか、混乱か、わなわなと身体が震え、声が出ない。
 打ち震える私に、べろり、とまたしても長い舌が頬を舐めあげる。
「舐めるな! この馬鹿狼!」
 私の怒声と、剣心さんの笑い声が重なった。
 舐められた右頬を拭う。唾液がべっとりついてぬめっている。最悪だ。狼を睨み付けると、くぅ、とまたしょげた声を出して伏せをした。
「笑い事じゃないよ!」
 非難は剣心さんにも向いた。非難というか八つ当たりだったが。
「ごめん。あんまりにもストレートな愛情表現をするなと思ったらつい……人間の姿のときにこれぐらい素直だったらいいのにと思って」
「愛情表現? これのどこが。嫌がらせの間違いでしょ」
「立派な愛情表現だよ。僕を操ちゃんに近づけさせないでおこうとしてる。意地張ってたから、その反動もあるんだろうけど、ここまでわかりやすい態度だと同一人物とは思えないよね」
 反動というのは父も言っていた。
 パジャマの袖でべたついた頬を拭いながら(泥もついているし、あとで着替えなければならない。洗濯の前に浸け置き洗いが必要だろう。面倒臭いけれど)、頭の中で得た情報を組み立てていく。
「意地を張るって?」
「うん。あの日から一度も操ちゃんに会いに来なかっただろう。本当は会いたいくせに、知らんふりしてた。冷たくされたのが堪えたんだろうけど、本能を理性で押さえつけてたからなぁ。日頃から冷静な男だとは思ってたけどここまで意地を張れるとはある意味感心したよ。でも、狼になっちゃったら、理性は崩れるだろうと予想してたんだ。動物は本能で生きるから。そしたら案の定――」
「――って聞こえないでしょ。離れなさい。おすわり!」
 狼が頬に頭を撫でつけてきているのは気づいていたが、剣心さんとの話に集中したくて適当にあしらっていたら、その行動はエスカレートしていき無視しがたくなったので一喝する。聞き分けだけはよくておすわりする。
「すごいな。操ちゃんのいうことはちゃんと聞くんだね」
「一瞬だけだよ」
 言い終えるか終えないかぐらいで、狼が今度は肩に頭を乗せてくる。
「ね? 全然懲りないんだから。早く連れて帰ってよ」
 うんざり感をあますところなく出しながら告げれば、剣心さんはなんとも複雑な顔をして、狼に声をかける。が、完全に無視される。私の言葉以外は聞くつもりはないらしい。声をかけても通用しないなら実力行使に出るしかなく、剣心さんが一歩踏み出せば、また威嚇しだす。
「こら! 吠えないの!」
 何度このやりとりを繰り返すのか。
「……連れ帰るのは無理っぽいな。噛まれそうだ。操ちゃん、悪いけど一晩面倒見てやってもらえるかな。元に戻れば、もっと普通に話が通じるようになる。朝にまたこっちに来るから。」
 提案というニュアンスだがそれは事実上の決定だった。言い終えると、私の返事を待たずに、屋敷の方も心配だからと剣心さんは帰ってしまったのだから。
 そして、私は一晩、狼と一緒に過ごすことになったのだが――。


「操。大丈夫か」
 ぽふぽふと頭に触れる手の重みで我に返る。
 見たくもない四乃森蒼紫の肉体が目に入り、
「って、なんであなたが私のベッドで寝てるのよ! それも裸で! この変態!」
 ベッドから滑り落ちるように抜け出して距離をとる。
 四乃森蒼紫から反論はなかった。
 叫びすぎて脳に酸素が足りなくなり眩暈がする。ふらふらしながらこめかみを抑えて、半ば無理やり狼を預かることになってからのことを思い出してみる。
 ……剣心さんが言うように無理やり連れ帰ろうとすれば噛みつきかねない勢いだったので預かることになった。朝を迎えればすべては終わるらしいので、私は部屋に引き上げ籠城することに決めたが、狼は、当たり前みたいに後をついてきた。無視して部屋には入れなかったけれど、そしたらうぉんうぉんと遠吠えを始める。これでは眠れないし、何よりご近所迷惑だし、私は叱りつけるつもりで扉を開けたが、するりとすべり込んできた。尻尾を振りながらくるくると室内を回り続ける。
「出ていきなさい」と言っても、この忠告には従わない。許可を得たいのかすりすり攻撃をしてくる。根負けして、クッションと毛布で床に寝床をつくってあげたのに。
「夜中にベッドに潜り込んだのね。信じられない。ありえない!」
「誤解するな。妙な真似はしていない」
「ベッドに潜り込んできた時点で十分妙な真似でしょ。だいたいどうして裸なのよ。変態」
「裸なのは不可抗力だ。変身がとけたらこうなる。故意に脱いだわけではない。……先月も、俺は君の父親の服を貸りていただろう」
 言われてみれば、一月前に狼を保護した翌朝、父のスウェットを来てリビングにつく姿があった。
「連絡をとりたい。携帯を貸してもらえるか」
 四乃森蒼紫は長い前髪をかきあげ、深い溜息を吐き出し、それから肩に手を置いてもみほぐす。左右に倒せば骨が鳴った。
 ベッドから動かないのは裸体で動き回るわけにはいかないからだろう。その態度から、おかしな行動に出る気がないのはわかった。
 私は机に近寄り充電器にかけっぱなしのスマホを手にして、おずおずと四乃森蒼紫に差し出した。彼はぎこちない手つきで動かし始める。見られてまずいものは何もないが、人に触られると落ち着かない。
「誰にかけるんですか」
「緋村に」
「じゃあ、私がかけますから」とスマホを返してもらい、発信画面を表示して剣心さんの番号を押した。何度目かのコール音のあとで繋がる。
「あ、操です」と名乗れば、
「おはよう。眠れた? ちょうど今、そっちに向かってる途中なんだ。あと十分ぐらいでつくから。四乃森はどうしてる?」
「今、代わります」
 スマホを受け渡し、私は部屋を出た。いつまでも裸のままでいられたら心臓に悪いので、ひとまず適当な着替えを用意しようと父の部屋へ向かった。



2014/5/6