again and again

13. Club vijon

 期末試験を無事に終え、夏休みに突入して最初の水曜日、以前から楽しみにしていた相良先輩のライブを見るため家を出る。ライブが行われるカフェバーが私と燕の家の中間にあるので駅で待ち合わせをしていた。約束の時間五分前に到着すると、既に燕の姿があった。
「ごめんね、お待たせ」
「ううん、私も来たところ。今日も暑いねぇ」
 そう言いながらも額に汗を浮かべている私と違い、燕は涼しげに見えた。清楚な美人は汗をかかないのかもしれない。目の保養だ。
 念のためスマホで場所を確認してから歩き始める。一本道で三つ目の路地の傍だから迷う心配はないだろう。
 車道を挟んで左右にはマンションとお店が交互に並ぶ、繁華街でもなければ住宅街でもないにぎやかな町だ。通り過ぎた服屋さんの、バーゲン中のワンピースの値札が二万三千円と書いているのが見えて、ひょぇとのけぞりそうになった。
「ねぇ、『Love again』見た?」私は手も足も出そうにないお店を見ることをやめ、気を取り直して言った。
「うん、見たよ。神がかってたよね」
「やっぱりそう思った? とにかくすごかったもんね!」
 『Love again』とは由美さんが出演している夏ドラマだ。主演のHOMURAがあまり好きでなかったが(志々雄真の生まれ変わりだと聞いて納得した)、母が大ファンなので初回から録画までしている。私は由美さん目的でほんの少しだけ、話のネタ的に見るつもりがすっかりはまってしまった。
 物語は曽根崎心中を大胆にリメイクし、さらにはその後――心中した二人が生まれ変わって再び出会い恋に落ちていくまでを描く。
 初回の二時間スペシャルは主に江戸時代の悲恋が中心で、遊女である由美さんが桶屋から逃れHOMURAと逃走するシーンは迫力があった。連れ戻されれば見せしめに酷い折檻が待っている。何より愛する人と離れたくない一心で懸命な逃避行を謀る。しかし、ついに追っ手に見つかり、二人は死を覚悟する。
「HOMURAってやっぱり芝居うまいよねぇ。あの心中の場面で由美さんの胸を刀で貫くシーンとか、無表情で何の躊躇いもなくやってのけるのが返って苦悩を雄弁に語ってる感じがしたし、刺された後の由美さんの『嬉しい』って台詞もさ、え、なんで、この状況で嬉しいなの? って思わなくはないんだけど、伝わってくるというか」
「そうだね。……物語としては悲恋なのに、どうにもならない状況において二人にしかわからない特別なものが存在している感じがして、だからけして悲しいだけではないよって気持ちになる」
 燕の台詞に私は大きく二度頷いた。
 そうなのだ。他人にはわからない特別なもの――その空気感が見ていて切ないのに暖かくて、結果だけを見れば悲劇であるのに、悲劇だと言ってしまうのは浅はかであるように思えた。
「ネットでも評判になってるみたい。HOMURAさんもさることながら、駒形由美さんがすごいって」
「そうなの!? なんかそれファンとしては嬉しいな。だって、前評判は結構酷評されてたじゃん」
 由美さんはモデルとして活躍していたが、去年の末頃から女優業も開始した。モデルから華麗に転身をし大成する人もいるが、大根芝居で見るに堪えず話題性がなくなると消えてしまう人もいる。由美さんに関しては後者だという声が多かった。
「あ、ここじゃない?」
 燕が足を止めて指さした先にはclub vijonと立て看板が出ている。話に夢中で回りが見えていなかった。恥ずかしくなり、全然道案内役になってないことを謝罪しながら、店の様子を伺う。
 一階はカフェになっていて、「ライブ会場はこちらです」と右手の階段の前にまた立て看板がある。それに従い階段を降りていくと分厚い扉があり、受付、バースペースになっていて奥の扉の先がステージになっている。
 入口の傍には五周年記念と書かれた祝花がいくつも並べられていて、花の柔らかな匂いとアルコールなのだろう、あまり慣れない独特のむせ返るような刺激が合わさり、私はここでどういう風に振る舞えばいいのだろうかとそわそわする。
 周囲を見渡し相良先輩の姿を探すがうまく見つけられない。ひょっとして出番の準備をしているのだろうか。時計を確認する。六時十分。六時半から出番といっていたのでその可能性が大きい。
「何か飲む?」暑い中を歩いて来たし、冷たいものを飲めば気持ちも落ち着くかと告げれば、
「そうだね」とにこやかな返事が来る。
 バーカウンターに近づき、広げられたメニュウ表を眺めるが、アルコールばかりが載っている。ソフトドリンクのメニュウ表はないのかと思っていたらカウンターの向こうからすっとそれが差し出された。ものすごくタイミングがいいなぁと思いながら
「ありがとうございます」とお礼を言えば
「いえいえ、未成年の方にお酒を注文される方が困りますから」
 優しげな口調で言われメニュウから顔を上げた。カウンターの中に立つその人と目が合う。声と同様に優しげな顔で笑っている。結構背が高くて、明るすぎない茶髪と男の人にしては色が白く、ほんわかした雰囲気がある。お酒を飲む場所にはあまり似つかわしくない健康的な匂いがして、お店の雰囲気に飲みこまれ萎縮していた身体の緊張が緩む。
「私たちが未成年ってよくわかりますね」
「え? ああ……接客業ですからね。お客様のだいたいの年齢はわかりますよ」
 日頃から中学生に見えると言われるので、見抜かれても当然なのだが私の問いかけに彼は「子どもっぽい」や「見ればわかる」のような答え方はしなかった。
「意外といるんですよ。混雑にまぎれて飲もうとする人。特に、今日みたいな年齢層が幅広いライブとかでは多いので、目を光らせてます」
 にこにこと続ける。愛想の良さと、丁寧な物腰は人を和ませる力がある。接客業向きだな――とのんびりと思っていたら、ふいに泣き出したくなり、私は焦る。
「……どうかされましたか?」
「あ、すみません。なんでもないです」
 慌ててメニュウを手に取り燕の方に身体を傾けた。そうしながら、チラチラとバーテンダーさんを見る。
――なんか、この人、知ってる感じがする。
 とても懐かしく、とても恋しいような、奇妙な感覚だった。
「どうしたの?」
 私の様子に燕が声をかけてくる。 
「いや、ちょっと……」声を潜めながら「あの人、なんか”知ってる”気がするんだよね」
 その”知っている”は私たちの間では「前世での知り合い」を意味する。だが、もしそうであるなら、過去のビジョンが浮かび上がってくるはずが、それはない。顔を見ても思い出さないということは違うのだろうか。
「どう? 分かる?」
 前世の知り合いであるなら燕も心当たりがあるかもしれない。燕は私よりも、より鮮明に、より詳細に、前世の記憶がある。そのせいでかなり不安定になっていた時期もあったらしいが鎌足に出会ってから人並みの暮らしができるくらいに落ち着いたと聞いている。
「……覚えないな。私とは無関係な人だったのかも」燕もメニュウ越にチラリとバーテンダーさんを見て言った。
「そっか」覚えがないと言われ落胆した。
「気になるなら今度鎌足さんに聞いてみたら? 私とは関係ないだけかもしれないし」
 言うように、前世で私と燕はそれほど親しい関係ではなく、緋村一家を介して間接的な繋がりだったのだから、共通して知っている人物の方が少ない。燕が知らないからと言って私とも完全に無関係と決まったわけではない。
「悪巧みですか?」
 こそこそ視線とひそひそ話に気を悪くした感じもなくバーテンダーさんが尋ねてきたので、私はオレンジジュースを、燕はウーロン茶をお願いした。待っている間、突然にぎやかになり、驚いてそちらへ目を移せば、ステージに繋がる扉から人が出てきて、中の音が漏れ出たせいだった。パンクと言えばいいのか、ガンガンの縦ノリ系の音楽に面食らってしまう。燕も同様だったらしく二人で目を白黒させた。
「どなたか目当てのバンドがいるんですか?」
 呆然と立っていれば、カウンターに注文の品を置きながらバーテンダーさんが話しかけてくる。私たちはそれを受け取り、
「あ、えっと……なんてバンドだっけ?」
「……わからない。教えてもらってない、と思う」
 言われてみれば、チケットを渡され時間を告げられただけだ。
「六時半頃から出演する、相良さんという人がボーカルしてるんですけど……」
 私の知っている情報を伝えた。
「ああ、じゃあMimosaですね」
「ミモザ?」
「そう、カクテルの名前なんですよ。ちなみに僕が名付けました」
「ええ!? じゃあ、ひょっとして同じバンドの人なんですか?」
 見たところバーテンダーさんは二十代中頃くらいだから相良先輩よりは年上だろう。同じ年の人たちと組んでいるのだと勝手に思っていたが、顔の広い先輩のこと、仲良くなって年上の人としていてもおかしくない。
「いやいや、違いますよ。ただ、彼に何かいい名前がないかと聞かれて、ちょうど作っていたのがミモザだったから口にしてみたら気に入って、そのまま決定したんです」
 私の予想はおおいに外れた。
「……バンド名ってもっとこだわってつけるものだと思ってました」
「そうでしょう? 言った僕自身、そんな簡単に決めてしまっていいのか焦ったくらい。彼、面白いですね」
「面白いというか、考えるのが面倒だったんだろうなぁって気もしますけど」
 相良先輩はよく言えばおおらかだが、悪く言えばルーズだ。将来は大物になりそうな器の大きさを感じさせることもあるけれど、二十歳過ぎればただの人という感じに収まってしまう場合もある。
「二人は彼のお友だちですか?」
「私が中学の後輩で、燕と一緒にいるときに先輩とたまたま会って、チケットをもらったんです。ライブハウスって来たことなかったから、興味もあって」
 ずっと私一人がしゃべっていることに気づいて、燕に話を振る。
 燕は小さく頷いて、手にしたウーロン茶に口をつけた。
「こういう場所には不慣れなんだろうと思ったのですが、初めてだったんですね」
「わかります?」
「ええ、なんとなく落ち着きない感じがして気になっていました。これを機会に、ぜひまた遊びに来てください。今日はバンドばっかりだけど、弾き語りとか、インストゥルメンタルとかもやっていますから、気に入る音楽に出会えると思いますよ」
 インストゥルメンタルとは何だろうか、と尋ねようとしたら「マスター、カレーください」と隣からお客さんが告げたのでタイミングを逃してしまった。
 周囲を見ればだんだんと人が増えてきている。どうやら前のバンドの演奏が終わったようで、ステージ扉からバースペースへ人の流れができていた。時間からして次は相良先輩の出番だろう。まだバーテンダーさんと話したい気もしたけれどお客さんの相手に忙しそうだったのでステージへ向かうことにした。
 飲み物のグラスを持って、人の流れに逆走するように進んでいく。
 バーテンダーさんが言っていた通り、様々な年齢層の人たちがいて、中には私たちと同じ年ぐらいの人も多くいる。自分が初めて足を踏み入れる世界に、とても馴染み、緊張することもなく楽しげに談話する様子に、私はこれまで狭い世界でいたのだな、と妙に感傷的な気持ちになる。相良先輩に誘われなければ一生知ることもなかっただろう。
 ようやく扉にたどり着き、長く出たノブに手をかける。防音のためだろう、ぐっと力を入れて引っ張り上げなければ開閉できない。
「俺と一緒に飲まない?」
 半分ぐらいまで引き上げたら、聞こえてきた。振り返ると男の人がいる。背格好は中肉中背。髪は短く、金髪に近い茶色。目は二重で大きく、鼻は高くもなく低くもなく、唇は分厚い。一見すると整った顔立ちだが、清潔感がなく、首につけたジャラジャラといかついネックレスが目を引いた。笑顔を浮かべているが、その笑い方がニヤニヤとして下卑たものに思え、こういう人と関わらない方がいいと一目でわかった。
「いえ、結構です」
 キッパリ、ハッキリ、断り、早くステージに入ってしまおうとしたが、男は諦めない。
「お前じゃなく、そっちの子に言ってんだけど」
 ブスは引っ込んでろ――とまでは言われなかったが言っていることはそういうことだ。美人とお近づきになりたいのに、隣にいるブスがしゃしゃりでてきて邪魔をしている。男の目にはそう映っているらしい。
 どうしてこの男に、勘違いしたブス扱いされなければならないのか。腹立たしさ半分、同時にこんな男にでもあからさまに邪魔者扱いされると傷つく自分もいたりする。それを認めるのも癪だけれど。
 隣にいる燕へチラリと視線を移せば蒼白になっている。
「燕も嫌がってますから」
「へぇ、燕ちゃんて言うの。あっちいって話そうよ」
 男は馴れ馴れしく燕の名を口にしたので、咄嗟だったとはいえ情報を与えてしまったことが悔やまれた。
「だから、嫌がっているって言ってるでしょ」
「お前に言ってねぇって言ってんだろ」
 語気を強めて凄まれる。それから燕へ手を伸ばしてこようとするので、私は二人の間に割って入るように立ちはだかり、その手を叩き落とした。
「いってぇなぁ、何すんだ、コイツ」
 軽く払うつもりが思いのほかクリティカルヒットして私の手もじんじんと震えているので男の手はさぞや痛いだろう。おまけに、手にしていたグラスが大きく揺れて男の服にかかってしまった。胸のところに染みができている。
 不穏な空気はたちまち広がり、騒がしかった周囲もいつのまにか静まり注目を浴びていた。あ、これは悪目立ちしている、と冷や汗が出てくるが男はそんなこと気にしていないのか、気にならないくらい私の態度に腹を立てているのか、真っ赤な顔をして、
「女だと思って調子に乗ってんじゃねぇぞ」と全く意味の分からないキレ方をし始め、腕を振るいあげる。
 私の心臓が大きく脈打った。
――殴られる。
 このときになって、ようやく私は自分の迂闊さを理解した。この男とは関わらない方がいい、と察知していたということは、危険であるとわかっていたはずなのに、殴られることになるなど微塵も想像しておらず、考えつかずにいたこと。でも、言い訳させてほしい。これまで見知らぬ人から因縁をつけられたことはなかったし、まして暴力を振るわれるようなこともなかったのだ。対処できずとも仕方ない。
 避けるという反応はできなかったが、身構えぎゅっと目を閉ざす。
――殴られる。
 ぶんっと腕が降り下りてきて風を切る音が聞こえた。
――あれ?
 痛みは走らなかった。顎のあたりにちょっと何かが当たったぐらい。
「うちはそういうお店ではないので、迷惑行為はおやめください」
 うっすらと目を開ければ、男の苦渋の表情が見えた。その背後にはさっきのバーテンダーさんが立っていて、よく見れば男の手をひねりあげていた。
 男は私に見せた威勢など何処へやら、まるっきり大人しくなって、すみません、すみません、と情けないほど繰り返しているが、バーテンダーさんは簡単に許す気はないらしく、男を連行していく。私は一連の出来事に放心状態で呆然とした。すると、別の、女性の店員さんが駆け寄ってきて
「大丈夫ですか。申し訳ありません」と深々と頭を下げてくれる。
「あ、いえ、私は平気ですけど……燕、大丈夫?」
 はっとなって隣を見る。蒼白だった顔はますます色を失い、唇が震えているのが目で見てわかる。このまま倒れてしまうのではないかと、私も急に不安になって彼女の肩に腕を回しさする。
「あの、こちらの部屋で休んでください」
 女性店員さんも燕の様子にただならぬものを感じたのか、そういうと奥の部屋へ通してくれた。
 八畳ほどの室内は従業員用のスペースになっていて、ロッカーと奥にソファがあり、そこへ腰かけた。女性店員さんが新しく飲み物を用意してくれ、しばらく休んでいてください、と席を外し二人きりになった。
 室内に燕の荒々しい呼吸だけがする。
「大丈夫?」と私は尋ねた。
 燕の顔色は幾分血色を取り戻していたが唇の青さは引かない。ショック状態のようだった。
「ごめんね」
「燕が謝ることじゃないよ。あの男が悪いんだから」
 男と言った瞬間、ピクリと反応した。思い出させてしまったのかと自分の無神経ぶりを嘆きたくなる。
「怖かったよね。でも、もう大丈夫だよ」
 慰めの言葉がいかほど役に立つのかわからないが、それでも私は言った。燕はかぶりを振り、
「違うの」
「違うって?」
 悲痛な声で告げられて、眉間に自然と皺が寄る。何がどう違うのか、聞き出したいが燕の様子から早く話してとせかすのは酷なので、じっと待つ。
「……さっきの人、私の前世の知り合いだったの」
 燕はスカートの裾をきゅっと握った。何かに力を込めていなければ不安定になるのだろう。
「いつかは出会うだろうと覚悟はしてたんだけど、まさかこんな形で会うと思ってなかったから、びっくりして、」
 その様子から、あの男との関わりが好ましいものではなかったことは予想できた。たしか、前世での三条燕は幼くして両親と死別し、仕えていた家の人間に非道な仕打ちをさせられていたと聞いた。その後、緋村剣心に救ってもらったそうだが、あの男は燕に酷い仕打ちをした家の関係者だったのかもしれない。
「だからそんなに……」見知らぬ男に絡まれたら怖いと感じるのはわかるが、燕の怯えは尋常ではないものが伺えた。私と違って線の細い女の子らしい性格だからかと考えていたが、そうではなく、全く別の恐怖を思い出していたのだ。
「鎌足に連絡しようか?」
 鎌足ならば燕の不安を拭う的確な方法を知っているだろう。私はスマホを取り出して鎌足の番号を出したが。
「平気。大丈夫。時間薬だから、落ち着くまではどうしようもないの」
「でも、」
「ホントに平気だから。それより、悪いんだけど、先に帰らせてもらってもいい? 少し落ち着いたら」
「いやいや、一緒に帰るよ。家まで送るし。この状態で放っておけないよ」
「……ごめん、ありがとう」
 燕はかすれた声でつぶやくと、そのまま俯いて荒く呼吸を繰り返す。そうしていると徐々にだが規則正しいリズムを刻み始める。
 こういう時は、背をさすってあげるべきか、触れずにそっとしておくべきか、私は思案した。良かれと思ったことでも有難迷惑な場合もあるし、有難迷惑な場合、やめてほしいと訴えることさえ億劫である。下手に何かをしないほうが賢明か。考えた末、私は何もせず、ただ隣に座って待った。
 時間薬という言葉通り、やがて、完全に呼吸が静まる。
「お茶飲む?」
 私は女性店員さんが持ってきてくれたウーロン茶を取り燕に渡した。喉が渇いていたのか、こくこくと数度に分けて飲み、
「もう平気」
 燕が笑みを浮かべてくれたので、私はほっと息をついた。それを見計らっていたかのようにノックの音が響く。
「入っても大丈夫ですか?」と告げるのはバーテンダーさんのものだった。
「あ、どうぞ」と返事をすれば扉が開きバーテンダーさんが入ってくる。
 その後ろからもう一人。背の高いバーテンダーさんよりさらに背の高い男性。その人の姿に、私の口があんぐり開く。
――なんで?
 疑問は音にならず、もごもごと口の中だけでこだました。
 その男性は、よりにもよって四乃森蒼紫だった。



2014/6/10
2014/7/19 改稿