again and again

7. 理由

「まぁ、まぁ、とりあえず座って。お茶を飲んで落ち着きなさい」
 息巻く私に背を向けて、鎌足は冷蔵庫から麦茶のペッドボトルを出し戻ってくるとグラスに注いだ。
 落ち着きなさいと言われて落ち着けたら苦労しない。それでも一応の努力をしてみる。感情的になっていては失敗する。昨日、それで大失態を犯したところなので連続は避けたい。暴れたせいで乱れた服を整え、椅子に座り直し、注がれた麦茶のグラスを手にした。指先に冷たさが伝わり気持ちがよかったが、飲むと叫びすぎた喉には痛みが走りむせた。鎌足はふふっと笑う。その顔が”あたし”の記憶と重なり合う。
――本当に、本条鎌足の生まれ変わりなのだ。
 もう一度グラスに口をつけて、残っていた麦茶を飲みほした。喉を通り胃に流れ込んでいく間に、言わなければならないことも、言いたいことも一緒に飲み込まれてしまったのか、急に静かな気持ちになった。
「ものすごく、眉間に皺が寄ってるわよ」
 鎌足に言われ自分の眉間を揉む。指摘の通り皺ができている。指で伸ばすとこわばりが緩んでいく。連動するように身体を支える筋肉の力も抜け無遠慮にテーブルに顔を伏せると窓から降り注ぐ鋭い日差しが眩しい。
「何が何だかわからなすぎて、体が悲鳴を上げている」
「まぁ、そうでしょうね。無理もないわ」
 同意してくれたが、その言い方は軽々しく聞こえた。
 私はゆっくり身体を起こし背もたれに寄り掛かった。やはりうまく力が入らず肩がだらりと下がる。
「なんでこんなことになっちゃったんだろう」
 ほんの一月前まではごく普通の生活を送る、ごく普通の女子高生だったのに、大きな陰謀にでも巻き込まれた気分だ。私の気持ちなどおいてけぼりにして、想像を超えることが次々に起きる。前世の記憶を思い出し、前世で大好きだったと思われる人の生まれ変わりに拒絶され、そのことを聞いてもらおうと来たら、占い師の正体も前世で関わりを持った人物だった。そんな偶然、あるのか。
「情けない声を出さないでよ」
「だって、」
 泣き言を続けそうになったが飲み込んだ。鎌足の顔がとても優しそうに微笑んでいたから。
「大丈夫よ。あなたにはあたしがいるじゃない。ちゃんと相談に乗ってあげるから。言っとくけど、前世のことを理解してくれる人がいるなんて、操ちゃん、ラッキーなんだからね」
「ラッキー……」
「そうよ。あたしなんて、大変だったんだから」
 言われてみると、私が前世を思い出したように鎌足も思い出した瞬間があるはずだ。そのときには誰にも相談できなかったのかもしれない。
「……鎌足はいつ思い出したの?」
 気になって尋ねれば、鎌足は少し間を置いてから、
「あたしは物心つく頃からあったのよ。母親が、いわゆる新興宗教の教祖みたいなことをしていてね、あたしも幼い頃から修行みたいなことをさせられたの。それが実を結んだのか、それとも生まれながらにしてそういう力があったのか、五歳のときにはとてもクリアに前世の記憶があったし、おまけに霊能力も備わってたわ。前世の記憶よりも霊能力の方が厄介でね。母は教祖をしてはいるけれど、能力はそれほど強い人ではなくて、だからあたしの存在は彼女にしてみたら、すごく嬉しいものであり、同時に嫉妬の対象でもあったの。結構な確執があってね。それで中学を卒業してすぐに、遠縁の人を頼りに家を出たの。その人には力はなかったけれど、そういう知り合いがいて、あたしのことを心配してくれていたの。で、その人の紹介でとあるお寺に入ったら、そこにいたのが、なんと、安慈和尚! 覚えてる? 十本刀の一人」
 十本刀――それは明治政府転覆を謀った志々雄一派の配下の中でも選りすぐりの精鋭だ。鎌足もその一人だった。それは覚えているけれど安慈和尚という人はわからない。なんとなく、そういう人がいたような、いないような。えーっと、とつぶやきながら鎌足のことを思い出した時のように思い出せるかと、とりあえず目をつぶってみたが映像は浮かばなかった。相手が目の前にいなければダメなのかもしれない。
「全然、思い出せない」
「無理しなくていいわよ。覚えていることと覚えてないことがあるのは当然だし。今の人生のことだって、全部を覚えているわけではないでしょう? それと同じよ。記憶なんてそんなものだから」
 鎌足の発言にはとても説得力があった。今の人生でも忘れた記憶があるのに、前世の記憶だけは何もかも覚えているというのは変だ。私は頷いた。 
「ざっくり説明するけど、安慈和尚は、廃仏毀釈を打ち立てた明治政府の意向に従った村人に寺を追われることになった僧侶なの。彼は心の優しい人で、孤児を引き取り育てていたんだけれど、お寺を出て行かなきゃならなくなって、子どもたちを連れてどうするべきか悩んでいる間に、その村の人がお寺に火を放ち子どもたちは焼け死に、生き残った安慈和尚は鬼になり、明治政府を潰し、真に平和な世を作ろうと、志々雄様の仲間に入ったのよ。生まれ変わっても僧侶をしているとは思わなかったから、びっくりしたわ」
 本当にざっくりした説明だったから、うっかりすると聞き流してしまいそうだ。というより、聞き流してしまいたいような辛い内容だった。寺に火をつけて、幼い子どもの命を奪うなんて。それも村人が。信じがたい話だけれど、当時はそれがまかり通ったのだろう。日常生活さえままならず、命を奪われることがある。貧しい農村では親が子を、子が親を、山へ捨てに行く子返しや姥捨てが裏風習として存在した。文明開化で近代国家へと近づいたとされる明治維新の華やかさの裏側で、数えきれない無常な現実が存在した。
「……その人には前世の記憶はあったの?」
「いいえ。まったく。それが幸いよね。あんな辛い記憶があったら悲しいもの」
 鎌足の言うとおり、覚えていなくて幸いだと思った。
「今世では幸せそうだったから、少し安心したわ。安慈和尚はとても親身になってくれて、霊能力のコントロールもそこで学んだのよ。修行しながら普通に高校へも通わせてもらって、大学は美大に進んで、就職ってなったとき、どうしようかと悩んで、せっかく持って生まれた能力を世の中に還元しようと決めて……で、このお店を開いたのよ。愛に生きる。これぞあたしが目指した人生よ。おかげで今は恋愛マスターなんて呼ばれて、女の子たちに崇めたてられてるわよ」
 鎌足はしんみりしていた空気は変えるように明るい声で言った。
 テーブルを照らす光がもっと強く射してきてゆらゆらしている。 
 明るくいい天気だ。梅雨明けも近いだろう。
「その霊能力って、どんなものなの? 前世を思い出したから霊能力があるわけではないんだよね?」
 ようやく聞きたいことが一つ浮かび、私は疑問を口にした。
 鎌足は、テーブルに両肘をついて組んだ指に顎を乗せる。
「ええ、そうね。前世を思い出したからって霊能力があるわけじゃないわ。ただ、自分の過去を思い出しただけだから。前世の知り合いに会ったりしたらフラッシュバックみたいに思い出して、倒れたりしちゃうこともあるから、それは厄介だし、中には前世の記憶があまりにも強すぎて今の自分を見失うなんて人もいるけど……操ちゃんの場合はそんな深刻なことにならないから大丈夫よ」
「そんなに断言できちゃうものなの?」
 あまりにもきっぱりと言われると、かえって怪しくなる。
「ええ、あなたが前世を思い出したのは理由があってだから」
「……理由って……蒼紫様の幸せな姿を見ることだよね」
 蒼紫様、と口にしたら、胸にさざ波のような揺れが起きた。それから、彼のことも思い出し、消え失せていた強い感情がもぞもぞと動き始めるのがわかった。
「もう、彼には会えたのよね」
 鎌足は言った。
「わからない。すごく似た人を見て前世を思い出したんだけど、その人の名前を確認できなかったから。その前に、とても嫌われてしまった」
 興味がないときっぱりと言い切られ、つまらないものと切り捨てられた。
 指先で唇に触れると震えていて、感情がこみあげてくるような息苦しさもなくポロリと涙が伝う。涙というのはこんなにあっけなく流れてしまうものなのかと狼狽える。きっと、ずっと、泣きたかったのだと思うと、いよいよ涙が溢れ出した。
 涙も止まらないが、言葉も止まらない。
 昨日の出来事のすべてを、私は話した。
 私の失敗、彼にどんな風に拒絶されたのか、それを聞いて悲しくて悔しくて暗い気持ちになったこと。鎌足は後ろの棚にあるテッッシュペーパーをくれ、ときどき相槌を打ちながら、とても丁寧に聞いてくれた。それは彼の対応とまったく正反対で、私の心を十分に慰めてくれる。
 話終わると、鎌足は新しいコップに今度はアイスコーヒーを入れてくれ、ちょっと待っていて、と部屋を出て行く。
 泣いたことで、ため込んでいたものが少し吐き出せて、ぎすぎすしていた心が僅かに丸くなったような気がする。鼻をすすり、アイスコーヒーを飲む。砂糖入りで甘かった。
 ほどなくして鎌足が戻ってくる。
「看板片づけてきたの。これでゆっくり話ができるわ。今日は臨時休業よ」
 看板というのはおそらくビルの入り口の看板のことだろう。
 話に夢中になっていたけれど、とっくに一時を回っている。営業時間だ。
「あ、でも、私、そんなにお金持ってないんだけど……」
 散々聞いてもらったあとで言うのも恥ずかしかったが、ない袖は振れない。月賦払いが可能ならいいけど。
「やーねぇー。お金なんてとらないわよ。あなたはあたしの恩人だから、できることは協力するわよ」
「……恩人って前に来た時も言ってたけど、どういう意味?」
 あのときも不思議に思ったが、結局聞くことが出来なかった。
「覚えてない? 前世であたしはあなたたちに負けて、志々雄様に会わせる顔がないからって自害しようとしたのを、あなたが止めてくれた」
 ズキリとこめかみが鈍く痛む。ざわざわと波打っている。素足で波打ち際に立ち足の指先の間に海水と湿った土が流れ込んできたときのむずがゆさに似ている。
 引っ張り出されてくる記憶は、映像ではなかった。香るように私の鼻頭を撫でつけると、胸にどんっとまるで最初からあったように堂々とその記憶が存在していた。
 鎌足は志々雄真に心酔していた。任務は絶対。それを果たせないことに絶望し――。
「そういえば、そんなことがあった気がする。好きな人のためになりたいって気持ちがわかるから、鎌足のこと憎み切れないって」
 鎌足は静かに目を細めた。その表情は切なく見えた。
「あの時は、死ぬしかないって思ったし、阻止されたことを恨んだけど、でも生きてみると生きていて良かったって思える瞬間があった。だから、あなたにはとても感謝している。その恩返しよ。それに、さっきも言ったけど、前世の知り合いに会えて嬉しいのよ。だから、気にしないで。ね?」
 と言われ、私は素直に甘えることにした。
 鎌足はアロマディフューザーの電源を入れてから私の前に座った。柑橘系のさっぱりとした香りが漂い始めると、テーブルにある薄茶色のタロットカードのほうを手に取ってテーブルに広げて混ぜ始める。
「そうね。じゃあ、まず、その人が本当に彼の生まれ変わりか、今、どういう状態かを見てみましょうか」
 一か所にカードを集め、右と左とどっちを上にする? と聞かれたので私は左を指した。
 左を上にして展開し始める。カードを並べると、じっとそれを見つめた。
「彼であることは間違いないです。」凛とした声で言い切る。「……そして、操ちゃんのことすごく気にしてるわよ」
 そこまで言うと、カードから顔を上げる。
「気にしてる……私が泣きそうになってたから後味悪く思ってるってこと?」
「違う、違う。異性として気になっているっていう意味の気にしてるよ。ずっとそわそわしている感じというのかな。……ただ、操ちゃんが気になっているから落ち着かないと自覚してるか微妙なところね。うっすらわかってるけど、認めたくないみたいなのがあるみたいよ」
「全然理解できない。あれだけ冷たい態度とってたのに、ありえないよ」
 言ってから、これでは鎌足の能力を疑ってるみたいだな、失礼かも、と思ったけれど、どう考えても信じられる内容ではない。
 鎌足は私の言ったことに、腹を立てている様子はなく続ける。
「そう思うのも仕方ないかもしれないけど、でも、この人は気にしてるのよ。……たぶんすごく第一印象は良かったはず。あ、可愛い子だなって思ってて、割と一目惚れに近かったんじゃないかしら。それで、話しかけられた時も嬉しかったはずよ。ただ、言われた内容がね……操ちゃんも記憶を思い出してすごく興奮してたから思わず言っちゃった気持ちもわかるけど、やっぱり初対面で『前世』と言われたら、普通の人はびっくりするからね」
 鎌足は手に持っているカードを一枚めくった。
「……うん、そうね。この人、あまり女運が良くないというか、カッコいいし、モテる分、変な女も寄ってきて、ストーカーみたいなこともされたことあるんじゃないかな。そのせいで、女性に対してはかなり警戒心強いよ。だから、操ちゃんの言葉にも必要以上に身構えて拒絶しちゃったけど、操ちゃんがあっさり引いて、その時はね、ああ、よかったって思っただろうけど、時間が経過するとじわじわと後悔するというか、最初に好きって思った気持ちの方が強くなってきて、失敗したかもっていうのがあって、けれど、この人、プライド高いからそれを認めたくないのよ。認めても、どうしようもないし、って思ってて、だから、あれは変な女だった。自分の対応は間違ってない、って思う込もうとしてる。けど、それは難しい。彼にとって操ちゃんは運命の人だからね」
 やはりそれは少しも実感できない言葉だった。私が彼の運命の人!? そんなバカな、としか思えない。
「信じられない?」
 鎌足はそういうと、さらにカードをめくり、
「うーん……正直、どこまで話していいか、迷うところなのよね」
「どこまで、とは?」
「つまり、私の能力で知りえることを、そのままあなたに話してしまって変に情報を入れたら、先入観を持ってしまうでしょ。そしたら、混乱する可能性もあるでしょう? ただ、さっきも言ったけれど、あなたが前世を思い出したのには理由があるの。思い出さない可能性もあったのに、思い出して、ここに来たってことは、大きな意味がある」
「……前世を思い出さない可能性もあったの?」
「あった。ここまでしっかり思い出さずに、たとえば、ほんのりとこの人どこかで会ったことあるような……ぐらいの感じでとどめられた。そういうのってよく聞く話でしょ? あれも一種の前世を思い出してるのよ。でも、そのくらいじゃ無理だなって判断したんでしょうね。彼が困った人だから」
「……ますますわからないよ」
 鎌足には話したくても話せない事情があるようなので、こんなまどろっこしいことになるのかもしれない、というのはわかるけれど、少しも要領を得なくて頭が痛くなってくる。
「要するに、操ちゃんが前世の記憶を取り戻して、彼を好きだった気持ちを思い出して、彼に対して関心を持つようになる、ということがとても重要だったってことよ」
「なんで?」
「そうじゃないと、記憶ないままで出会っても、彼があなたの関心を引けないから」
「どういうこと?」
「だからね、彼は性格にちょっと、というかかなり難があって、前世のときもそうだけど、口下手だし、恋愛には奥手だし。まぁ、前世の場合はいろいろ辛いことがあってそうなってしまったんで仕方ないところがあったんだけど。罪悪感とか、自分は人並みに幸せを手にしてはいけないとか、いろいろ考えすぎてしまった。繊細な人だったから。ただ、今世では別にそんなこともなかったんだけど、そういう性格面が強く出ていて、人付き合い上手ではないし、特に女性関係は、さっきも言ったけどモテるから、自分から誰かを口説くなんてこともないし、関心を得ようと努力することもなく生きてきて、それで操ちゃんと出会っても、まず間違いなく何も出来ない。……結婚式場で振り返ったらぶつかったって言ってたけど、それが良い例ね。彼はあなたに話しかけたくて傍にいたんだと思うわ。でも、何も出来ずにぼーっと後ろに立ってあなたのこと見てたんじゃないかしら。あそこで、彼があなたに声をかけれていたら、あなたはここまで完全に記憶を取り戻すことはなかったはずよ。でも、何も言えないから、業を煮やして操ちゃんのほうに訴えてきたみたいな情けないことになったってところかしら」
「ちょっと待って、その話が本当だとすれば、私が前世の記憶を思い出したのは彼のせいなの? ……彼にもそういう霊能力みたいなのがあるの? とういうか、彼も前世の記憶があるってこと?」
「彼に記憶はないし、そういう能力もない」
「……じゃあ、誰が一体私の記憶を戻させたの?」
「これは死生観や無意識の共同意識とか、そういう話になってくるので、説明が難しいのだけれど……」
 鎌足も少し考え込むように肘をついてタロットを眺めた。私はアイスコーヒーを飲み、落ち着こうと試みる。
「……あなたと彼が前世でどうなったのか最後まで思い出してる?」
 そして、そう聞かれた。
 私はゆっくり頷く。
「夫婦になることはなかった。でも、あたしはずっと蒼紫さまの傍にいて、生涯を終えた」
「そう。でもね、本当を言えば、あなたたち二人は結ばれることが可能だった。夫婦になって幸せになることが出来る縁をもって生まれたの。それが成せなかった。でも、あなたは一心に彼だけを愛し、無償の愛とも呼べるぐらいのところまでたどり着いた。操ちゃんとしては夫婦にこそならなかったけれど、思えるところまで思ったから、心残りはなかった。だから、今世では彼に対してそれほど強い縁を感じてはいない。けれど、彼のほうは、あなたの気持ちに応えずにいたことをものすごく悔いている。本当は彼もあなたを思っていたし、夫婦になって添い遂げたかったのに、それを自分に許すことが出来ず、死ぬほど、というか死んでからものすごく悔いたの。だから今世ではなんとしてもあなたを幸せにしたいと思って生まれてきてるの。そうであるのに、いざ生まれてみたらまた頑なというか、うまく立ち回れないような性格に自分を追いつめていって、同じ過ちを繰り返そうとしている。それを見かねて、あなたのほうが前世の記憶を思い出した。彼を好きであった気持ちを思い出せば、情も出るし、彼を見る目も優しくなると思って、そういう風になっちゃったのね。……操ちゃんは、今世では他に運命の人が出来る可能性があるのね。もちろん、それが彼になる可能性もあるけど、絶対とは限らない。でも、あなたの中に眠っていた前世の操ちゃんの魂が彼にチャンスをあげてほしいって気持ちがあって、それを願ったのよ。それで前世を思い出した。そうであるにも関わらず、こじれちゃって、ねぇ?」
 ねぇ? と呼びかけられても、どう反応すればいいかさっぱりわからなかった。
 私は視線を落としてテーブルに並べられたタロットカードを眺めた。綺麗な絵が描かれたそれらが、こんな壮大な話を物語っているのかと不思議に思える。
「鎌足の力を疑うわけではないけど、少しも腑に落ちないと言うか、信じられないと言うか、そんなバカなって思ってしまうよ」
 嘘でもそうなんだと頷く気にはどうしてもなれずに正直に言った。
「そうね。まだ、動き始めたばかりだし、彼とは一度しか会ってないから、この話の真偽を確認する判断材料も少ないだろうし、無理ないわ」
 鎌足は怒ることも、さらに説得をしようとすることもなく、
「けど、これで終わりじゃないから。彼はかなり強運の星の元に生まれているし、何より彼にとってあなたは運命の相手だし、出会った以上、早々簡単にあなたを手放したりしないわ。これから何度も偶然に出会っていくことになる。その中で、あなた自身が彼をどう思うか見極めていけばいい。相談ならいつでも乗るから」
 力強く言った。



2013/8/9
2014/4/9 改稿