again and again
8. 助っ人
江戸城御庭番衆
四乃森蒼紫 / 般若君 / べし見 / ひょっとこ / 式尉
京都・葵屋
じいや / 黒尉 / 白尉 / お近さん / お増さん
緋村剣心
志々雄一派
志々雄真 / 本条鎌足 / 安慈和尚さん
「こんな感じかなぁ」
私は紙を鎌足に見せた。
四乃森蒼紫のことは様子をみるより仕方ない、ということで話がついたけれど、そのあとで、覚えている人を紙に書き出すように言われて作成したものだ。
「夢を見たときはもっといろんな人が出てきたような気がするんだけど……実際書き出してみると書けないものだね。昨日思い出したばっかりだから、曖昧なのかな」
「そうねぇ……さっきも言ったけれど、操ちゃんにとって大事なのは彼との関係を思い出すことで、それが達成できているから他はぼんやりしちゃってるのかも……ただ、生まれ変わった本人を目の前にしたら反応して蘇ってくると思うわ」
「でも、そんなバンバン会ったりはしないでしょう?」
私は言った。前世で関わった人が、そう何人も今世で会うなんてことないだろうと。
「何言ってるの、会うわよ。バンバン」
それをあっさり覆される。
これだけの人がいるのに、前世の知り合いとバンバン会うなんて、そんなことあるのか。
「縁というのは生まれ変わっても繋がっているものなの。ただ、覚えていないだけで、案外身近なところにいたりするのよ。たとえば、」
鎌足は言うと立ち上がり、奥の簡易ラックから一冊の雑誌を取り出して戻ってきた。それをおもむろにパラパラと捲ってページを開き、私に見せてきた。HOMURAの特集記事だった。
「これが何?」
ファンだから見せてきた、というわけではないだろう。もしそうなら、鎌足とは趣味が合わない。私はHOMURAがどうも好きになれなかった。
「この人も、前世繋がりなのよ」
「え!? HOMURAと前世で接点あるの?」
今を煌めく人気俳優と接点があったなど、びっくりだ。
写真のHOMURAは自信たっぷりな表情で口元だけを緩めて笑っている。昨今の草食男子とは全然違いなよなよとしたところは少しもなく、ギラギラとした眼差しをしている。野心的で、人を魅了するカリスマ性みたいなものを感じる。
「さぁ、誰でしょう」
鎌足は楽しげに聞いてくる。
「……HOMURAなんて名前の人いったっけなぁ」
「HOMURAは芸名よ。……ちなみに、この中に名前が出てきてる」
私の書いた紙を指して言った。
おそらく私と鎌足とに共通する人物だろうと予想していたが、そのヒントで絞ることが出来た。この紙に書いた人物で顔を知らないのは一人だけだ。その人物は全身にひどい火傷を負っていて包帯で体中を覆っていたから、素顔を知らない。
「……ひょっとして志々雄真?」
「ピンポーン!」
やっぱり! どうりで好きになれないはずだ。にしても、明治政府の転覆を謀った男が芸能人になっているとは。
「相変わらず格好いいでしょう。志々雄様」
「志々雄ってこんな顔だったんだ……格好いいのは認めるけど、国盗りをしようとしていた男が芸能人になってるなんて、のんき過ぎない?」
「そうでもないでしょ。芸能界こそ弱肉強食の世界じゃない。今度こそきっと天下を取るわよ」
鎌足はページを捲った。
夏ドラマの相関図が出てきて、今度は駒形由美を指さした。
「この人も前世繋がりよ」
「え、嘘。駒形由美も!? 私、昨日会ったよ。結婚式に来てたの」
「あら、それはまた奇遇ね……、夜伽の由美と言って、志々雄様のお世話をしていた女性よ」
夜伽の由美――そんな女性がいたような気もするが、記憶は蘇らなかった。
私はテーブルに置かれたグラスをとってアイスコーヒーを飲んだ。喉がカラカラしている。驚きは気付かぬうちに喉を乾かせる。
「今生でも志々雄様の近くにいるなんてちゃっかりしてるでしょ」
鎌足はちょっと面白くなさそうに続けた。鎌足は今も志々雄のことが好きらしい(それがどこまでの好きかは不明だけれど)それから、紙に駒形由美の名前と、志々雄のところにHOMURA、それから四乃森蒼紫の横にチェックマークを書き足した。
「こんな具合に、思いもよらないところでひょっこりと生まれ変わってたりするわけ。きっとこれから、出会う人の中や、或いはすでに出会っている人の中に、繋がりがあったことがわかってくる。そのとき、強い反応が出ないように、なるべ今、名前を思い出しておきましょう」
「……といっても、どうやって思い出すの?」
「うん。大丈夫、助っ人がいるから」
「助っ人?」
聞き返すと、それを見計らっていたみたいにノックの音が響いた。看板は片づけたと言っていたけれどお客さんかな、と思い鎌足を見るとにっこり微笑んで
「まさに、グッドタイミングね。」と扉を開けに行く。
私は振り返りじっと扉を見つめた。鎌足が勢いよくドアノブを回して開き招き入れたのは知った人物――三条さんだった。
「なんで?」
ぽろり、と漏れる。
なんで――いや、きっと、おかしくはない。この占いの館を私に教えてくれたのは三条さんなのだから、ここを訪れても不思議はない。でも、どうして彼女が助っ人なのだろうか。
鎌足は三条さんに座るように進めた。私は慌てて隣の椅子に置いてある荷物を移動させた。
「えっと……休みの日に会うのって変な感じだね」
何か言わなければと思って口にしたけれど、なんだか間抜けなことを言ってしまった。三条さんは、そうだね、と返してくれたけれど。
「はい、暑かったでしょ。どうぞ」
鎌足は三条さんにもアイスコーヒーを振る舞い、
「さ、これで役者がそろったわね」と嬉しげに言った。
「鎌足が三条さんを呼んだの?」
さっぱり理解できず、鎌足と三条さんを交互に見る。にやにやと含みのある笑みを浮かべる鎌足とは対照的に、三条さんはぎこちなく見えた。
「燕ちゃんも、前世の記憶があるから、手伝ってもらおうと思って」
「え? ……えええええええ!?」
あれほど驚いてきたのだからもう驚けないだろうと思っていたのに、本日二度目の絶叫が室内に木霊し、また怒られると慌てて口元をふさいだ。
「ホント、騒々しいわね。そういうところは前世と一緒ね」
鎌足は呆れたように言ったけれど、
「だって、驚くでしょう!? 三条さんにも前世の記憶があるなんて」
言いながら三条さんを見ると、黙っていてごめんね、と申し訳なさそうに謝られてしまい、これでは責めているようだと焦ってしまう。
「まぁ、これも何かの縁ってやつよ。燕ちゃんは、」と言うと鎌足は私が先程書いた紙の中の一人の人物を指して「緋村剣心との縁があるの。……あ、これは操ちゃんが覚えている人物を書き出したものなのよ」
三条さんは鎌足の説明に、そうなんですか、とその紙に視線を落とした。
「緋村さんの周りの人については全然覚えていないの?」
それから私に聞いてくる。
「えっと……うん。その緋村についても、四乃森蒼紫を連れ帰ってくれた人というのと志々雄を倒したってことしか覚えてない。ものすごく強いんだよね」
私が言うと、三条さんは頷いて、
「……どこから話したらいいですか」
今度は鎌足に尋ねた。
「そうね……ひとまず、燕ちゃんと緋村さんの繋がりからにしましょうか」
鎌足が返せば、三条さんはテーブルに置いたボールペンを手にして、私が書き出した紙に名前を書き込み始めた。
神谷道場 神谷薫
その名前を見ると、ズキリとこめかみが痛む。ような気がした。
「あ、」
「……何か思い出した?」鎌足が言う。
「思い出すまでにはいたらないけど、知ってる感じがする」
違うかもしれないけれど、と恐る恐る私は答えた。
「神谷薫さんは、神谷活心流という剣術道場の一人娘で、父親が亡くなってから一人で道場を切り盛りしていたの。だけど、ある日、その道場の土地を狙って近づく悪党が現れた。その悪党を退治したのが緋村剣心さん。緋村さんは幕末に人斬抜刀斎と呼ばれ恐れられた人なんだけれど、明治維新を迎えたあと、るろうにとして方々を転々としていたの。そのとき、東京を訪れていて、彼の活躍で悪党は捕まり、それが縁で緋村さんは道場に居候することになったの。それからしばらくして、今度は……」
明神弥彦
「明神弥彦って……」
「クラスメイトの明神弥彦くんのことだよ」
「嘘!? あいつも前世繋がりだったの?」
ひょぇーっと変な声が出る。
「操ちゃん。驚くのはわかるけれど、話が先に進まないから、ちょっとだけ我慢しましょう」
鎌足がさりげなく言った。
「あ、ごめんなさい。」
私は咳払いをして、三条さんに続きをお願いする。
「明神弥彦は元・華族だったんだけど両親が他界してヤクザのつかいっぱしりをさせられていて、緋村さんは彼のことも救って、弥彦くんも神谷道場で暮らすことになる。それで、」
三条燕
三条さんは自分の名前も書き込んだ。
「三条燕は、神谷道場の近くの牛鍋屋・赤べこで働いていたんだけれど、この子もまた生い立ちが不幸で、働いていたのもスパイをするため。蔵の鍵を盗むように言われていたの。だけど、それに気づいた彼らが救ってくれた。その縁で三条燕は神谷道場の人たちと関わりを持つようになったの」
そこまで言うと、
「ここまでは大丈夫?」と聞かれる。
「えっと……大丈夫。」
何が大丈夫なのかもよくわからないけれど、心配かけてはいけないと口から出る。
「じゃあ、続けるね」
「先に名前を書き出した方がいいかもしれないわ。すでに出会っている人がいるから」
「そうですね」
二人が言い合い、三条さんは一挙に名前を書き出し始めた。
高荷恵 相良左之助 関原妙 関原冴 斎藤一 比古清十郎 雪代縁(雪代巴)
「巻町操さんとも関わりのありそうな人を書いてみたんだけど……」
「どう? 操ちゃん。これを見て、思い出したことや、会ったことある人いる?」
二人が私を見る。
「……なんか頭がズキズキするけど、記憶を思い出すまではないなぁ」
やんわりと感じていた頭痛は痛みだとわかる程度にはひどくなっていて、こめかみを抑えながら言った。
「でも、会ったことある人……名前を知っているのなら……相良左之助は中学の先輩で、それから……雪代巴さんは、従兄のお嫁さんなんだ。昨日結婚式があったところ……このカッコ書きは意味あるの?」
「あ、これは……あとで詳しく説明するけど、彼女は亡くなっていて日記でしか存在を知らないからカッコ書きにしたんだけど……ひょっとして、その従兄って明良さんって名前だったりする?」
「え、あ、うん。よくわかるね」
答えると三条さんと鎌足は顔を見合わせて、「すごい」と繰り返すが何がすごいのか、私にはさっぱりわからない。
「何が?」
聞いていいものか迷いながら尋ねる。
「二人は前世で婚約していたんだけど、祝言近くで明良さんが辻斬りに遭って結ばれなかったの。今世で夫婦になったなんて」
三条さんは興奮気味に言った。大人しい彼女がこんな風になるなんて。でもその話が本当なら、たしかにすごい。生まれ変わってようやく結ばれたのだから。
「それからさ、たぶんだけど……緋村さんも結婚式にいたと思う。名前を確かめたわけじゃないんだけど、」
何故、そのようなことをつけたしたのか、よくわからなかったが、ポンと口を突いて出る。まるで私の中に別の人が存在し、この事実をどうしても伝えたいと後押しされたような奇妙さがあった。
言ってから、私の脳裏に結婚式の光景が立ち昇ってくる。倒れる前に正面にいた二人の人物から変な映像が浮かんだこと。そういえば、以前に三条さんにも見たことがあった。あれらはすべて前世のビジョンだったのだろう。
「一瞬、像が過ったんだよ。あのときはわからなかったけれど、きっと緋村剣心と、雪代縁だったと思う」
やはりポロリと出る。自信満々に言い放ったあとで、そんな決めつけていいのかと感じたが不思議と不安はなかった。
「緋村さんが二人の結婚式にいたの? それホント!?」
三条さんはさらに声を荒げた。
「すごすぎる。」
「ホントね……こんなことってあるのね。緋村さんにとっても感無量だったでしょうね。本人が覚えてはいないのが残念」
「そうですね。ホントに、良かった」
一人だけおいてけぼりにされて、私は頭を掻いた。
「えっと……どういう、こと?」
感動を邪魔するようで悪いけれど、教えてほしい、と。
「あ、そうだよね。何が何かよくわからないよね。今説明するね」
そう言うと三条さんは話し始めた。
全部聞き終わる頃、私は達成感に似た何かで胸がいっぱいになっていた。許容量が飽和するというのはこういうことなのだろう。
聞かされた、緋村剣心の生涯はかなり重く辛いものだ。かいつまんで言えば、緋村剣心は伝説の人斬り抜刀斎と呼ばれた男で、幕末の京都でその名を知らぬ者はいない最強の剣士だった。そして、清里明良を殺害した辻斬り張本人でもある。明良の死後、緋村へ復讐するために巴は素性を隠して近づく。ところが、二人は共に暮らすうちに愛し合うようになっていく――けれど、巴は殺害される。緋村を罠にかけようとした連中から緋村を守るために。それを知った巴の弟・雪代縁は緋村を逆恨みし復讐を誓う。
巴を失った緋村は失意の中、流れに流れて”るろうに”となり各地を流浪し、やがてもう一人の運命の女性・神谷薫と出会う。でも、平穏は簡単にはやってこない。志々雄一派による国盗りが開始され、それを止めるべく立ち上がる。
その反逆に勝利したのも束の間、今度は雪代縁による報復計画が始まる。
その闘いにも勝利し、彼にようやくの本当の平穏が訪れるけれど、緋村は生涯、己の犯した罪を忘れることはなかった。
そして、現世で、生まれ変わった緋村剣心は、前世で自らの手により運命を狂わせてしまった清里明良と雪代巴の結婚式に出席していた――というのだから、鎌足や三条さんが感動するのも無理はない。私だって話を知り、すごい、とため息を漏らした。
「そんなことがあるんだね」
「そうね。縁というのはそうやって生まれ変わりを繰り返して、続いていくものなのよ」
鎌足は言う。それと似たようなことを先程聞いたけれど、緋村剣心の話を知った今はもっとぐっと深く大きな意味で縁というものの壮大さを理解できたような気がした。そして、その縁というものが私の人生にも大きく働きかけてきているらしいことに、良くも悪くクラクラとした。
2013/8/31
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